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イチローがプロ野球とメジャーでピッチャーとして登板した理由とは

更新日

マイアミ・マーリンズのイチロー選手が、2015年に

ピッチャーとして登板したこと

をみなさん知っていますか?

これには多くのイチローファン、メジャーリーグファンが驚いたものです。

それにしてもイチロー選手がピッチャーとして登板した理由とは、一体何だったのでしょうか?

そこで本記事にて、イチロー選手が日本(プロ野球)とメジャーリーグでピッチャーとして登板した理由について、探っていきたいと思います。

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イチローの超レアなピッチャー登板

イチロー

イチロー選手がピッチャーとして登板した話は、日本の野球ファンならば1996年のプロ野球のオールスターゲームを思い出すのではないでしょうか?

全パの故・仰木監督と全セの野村克也監督の野球観の違いなどから、この瞬間はプロ野球ファンの間でも、さまざまな議論を呼んだことでも有名です。

その出来事は、1996年のプロ野球オールスターゲーム第2戦の9回裏2アウトに起きました。

バッターの松井秀喜さんに対し、全パの故・仰木監督は、

ライトを守っていたイチロー選手をピッチャーとして登板させた

のです。

これに対し、野村克也監督は松井秀喜さんと一言二言の会話をし、

「対戦したくない」

と松井秀喜選手が答えたため、代打として高津臣吾投手を送ったのです。

「嫌なら振らなくてもいいぞ」

とも指示したそうですが、最終的にはショートゴロという結果になりました。

このイチロー選手のピッチャーとしての登板については、仰木監督は当時、

「ファンサービスのため」

「投手としてのイチローの才能も見せたかった」

と、2つの理由を語っていました。

投手としての才能といえば、実はイチロー選手、

愛工大名電時代はピッチャーとして活躍

していて、プロからもその実力が注目されているほどでした。

しかし、そんな当時、高校球児だったイチロー選手に悲劇が訪れます。

なんと、

通学中に交通事故

に遭ってしまったのです。

イチロー選手はこの事故で投球フォームを変えざるを得なくなり、これが影響してピッチャーを断念…。

結果、野手としての道を選ぶこととなったのです。

不慮の事故により、あきらめざるを得なかったピッチャーとしてのイチロー選手。

その才能を、ファンにも見てほしいと考えて、仰木監督はイチロー選手を起用したのでしょう。

一方で野村克也監督は、プロ野球のオールスターを真剣勝負の場と考え、バッターをナメるような行為を許せず、それに対して高津投手を送ったのでしょうね。

このように、この年のプロ野球のオールスターは、監督のプロ野球観を知ることもできる出来事になったのです。

 

さて、話が逸れてしまいましたが、そんなイチロー選手が再びピッチャーとしてマウンドに立つ日が訪れました。

それは日本時間2015年10月5日、

マーリンズの2015年の公式戦最終戦

のことでした。

マーリンズが2-6とリードを許している展開で、8回のマーリンズの守備に、4番手ピッチャーとしてイチロー選手が登板したのです。

ピッチャー・イチロー選手と対戦した打者は5人。

たったの18球しか投げてはいませんが、143キロのストレートや、スライダーなどを巧みに投げ分け、

2安打1失点

という結果だったものの、ピッチャーとして1イニングを投げきりました。

登板の後、イチロー選手は

二度とピッチャーの悪口は言わないって、誓いました。

メジャーリーグのマウンドに立つなんて、通常ではありえない。

その事実に対しては、思い出として残っているが、2回目はいらないです。

とコメントを残しています。

また、

「よく打つなと思って、バッター。ピッチャーを途中で諦めてよかったなと思います」

と、ピッチャーとして野球を続けることを断念してよかったというコメントも。

確かに、ピッチャーでもプロの可能性があったとはいえ、絶対的エースになれるような実力ではなかったのでしょう。

それに、今のイチロー選手があるのも、不謹慎ではありますが交通事故のおかげとも言えます。

こう考えると、運命とは何とも奇妙なものと思わされますね。

 

イチローがメジャーでピッチャーとして登板した理由

では、2015年にイチロー選手がピッチャーとして登板した理由はなんだったのでしょうか?

そもそも、野手がピッチャーとして登板することは、日本では

「失礼だ」

との観点から、タブー的な意味を持たれています。

しかし、メジャーリーグでは、野手がマウンドに立つことは、それほど珍しいことではありません。

というのも、メジャーリーグは

20連戦

という過酷な日程や、

ダブルヘッダー

もあります。

さらに延長戦に入れば、

試合の決着がつくまで終わらない

という形式になっています。

そのため、控え投手がいなくなってしまうこともありますし、そういった場合に野手がピッチャーとして登板するのです。

2016年には、パドレスが1試合に2野手を登板させたこともありましたからね。

このように、メジャーリーグでは過密な日程が組まれることから、投手の負担軽減のために、大量リードされている試合の終盤で野手を投入することは珍しくないのです。

そして、相手もそれを失礼だと感じることはなく、両軍のベンチが笑いながら見つめていたり、空振りしたバッターが照れ隠しに笑ったりなど、むしろ楽しんでいる様子さえ感じます。

 

さて、話をイチロー選手に戻しましょう。

一説には、イチロー選手がピッチャーとして登板したのには、その年で現役引退説が流れていました。

しかし、イチロー選手が50歳までプレーしたい願望を持っていること、マーリンズもその手助けをする方針であることから、その説は否定。

では、なぜイチロー選手がピッチャーとして登板したのでしょう?

 

実は、このイチローのピッチャーとしての登板ですが…

イチロー選手が自ら提案した

ということが判明しました。

マーリンズでイチロー選手が登板するきっかけになったのが、実は先述した

1996年のプロ野球のオールスター第2戦のイチロー選手の登板

だったのです。

2015年に、この映像がアメリカメディアの間で広がるようになり、メジャーリーグ関係者たちの間にも『ピッチャー・イチロー』が広まっていきます。

そして、その映像がマーリンズのジェニングス監督の目にも留まったわけですね。

その後、ジェニングス監督は、イチロー選手に

「投げれるか?」

と聞いたことがあったのだそうです。

イチロー選手によれば、

監督からはちょっと前に言われてたんです。状況によっては、登板もあるかもと。

でも、なかなかそういう時がなかった。

先ほども触れたような過密日程や延長戦による投手疲弊を防ぐため、イチロー選手の登板も検討されていたわけです。

しかし、結局そのまま何もなく、その年はシーズン最終戦を迎えたのです。

ここでイチロー選手は、なんと自らジェニングス監督の元へ行き、

「僕が次の回に行くことはありますか?」

というニュアンスの問いかけをしました。

しばらくきょとんとしてしまうジェニングス監督。

そしてその答えが…

「行ってこい!」

だったのです。

こうして、イチロー選手のピッチャーとしての登板が実現したわけです。

つまり、イチロー選手がピッチャーとして登板した理由は

イチロー選手自らが志願したから

というのが、事の真相のようですね。

 

まとめ

イチロー選手は、過去に2度、ピッチャーとしてマウンドに上がったことがあります。

1996年のプロ野球のオールスター、そしてメジャーリーグの2015年のシーズン最終戦ですね。

イチロー選手がメジャーリーグでピッチャーとして登板した理由には、イチロー選手が志願したこと、そしてメジャーリーグの日程にありました。

20連戦やダブルヘッダー、延長戦は試合が決まるまで続く…。

こういった日程やルールがあれば、投手の負担が凄まじいでしょう。

確かに、野手がピッチャーとして登板しても何ら不思議ではないですね。

日本プロ野球とメジャーリーグの違いを、また1つ知ることができた気がします。

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