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しずちゃん(南海キャンディーズ)のボクシング引退の理由と戦績!

更新日:

みなさんは、お笑いコンビ『南海キャンディーズ』のしずちゃんが、ロンドン五輪を目指してボクシングをしていたことを知っていますか?

それも、芸人の気まぐれではなく、本当に真剣にボクシングに取り組んでいたのです。

恩師である故・梅津正彦トレーナーと、しずちゃんが二人三脚でボクシングを続けていた姿には、感銘を受けた人も少なくないでしょう。

残念ながら、あと一歩のところでロンドン五輪出場を逃しましたが、その後も五輪出場を諦めずにボクシングを続けていたのです。

しかし、その想いは届かず、現役引退を表明しましたが、しずちゃんがボクサーを引退した理由は、ズバリ何だったのでしょうか?

また、しずちゃんのこれまでの戦績も気になりますので、本記事で紹介していきましょう!

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しずちゃんがボクシングを始めたきっかけ

しずちゃん

しずちゃん

お笑いコンビ『南海キャンディーズ』のしずちゃんと言えば、

図体の大きい女の人

という印象が強かったですね。

また、相方の山里亮太さんがヲタク系で、弱々しいキャラだけに、どこかしずちゃんが攻撃的な印象もありました。

もちろん、それがしずちゃんの『南海キャンディーズ』での役割、且つキャラなので、そのように映るのは当たり前の話なのです。

しかし、その裏では、しずちゃんはストイックで努力家という一面もあり、ロンドン五輪を目指して、真剣にボクシングしていた光景は、多くの人が感動したことでしょう。

ただ、いくらしずちゃんに攻撃的なイメージがあったとしても、所詮はお笑い芸人です。

スポーツとは無縁な世界にいる人であることは、周知の事実だったはず…。

それが何故、しずちゃんはボクシングと出会い、真剣に向き合うことになっていったのでしょうか?

 

実は、この背景には、テレビ朝日系のクイズバラエティ番組『Qさま!』が、今のスタイルではなく、

実験的バラエティ番組として放送されていた頃に、大きな理由が隠されていました。

というのも、当時共演していたお笑いトリオ『ロバート』メンバーの山本博さんの、

「密着期間の間にボクシングのプロライセンスを取得できるか」

という実験クイズ企画が行われていたのです。

そのことが一つのきっかけとなって、

しずちゃんは、山本博さんから勧められ、彼女もボクササイズをするようになっていった

のです。

当然、当時はしずちゃんの対戦相手もいませんでした。

それで、相手にパンチが当たることもなく、逆にパンチを受けることもない、あくまでボクササイズしかしていなかったしずちゃん。

 

ですが、この1年後。

ドラマで、しずちゃんがボクサーの役を演じることとなり、運命の出会いが訪れます。

その運命の出会いこそが、故・梅津正彦トレーナーだったのです。

偶然なのかどうかはわかりませんが、ドラマ『乙女のパンチ』の中で、

職を転々としながらプロボクサーを目指す女性:早乙女ひかる

をしずちゃんが演じることとなり、その

演技指導の一貫として呼ばれたのが、梅津正彦トレーナー

でした。

恵まれた体格、役とはいえ、ボクシングにストイックに向き合うしずちゃんの姿勢に魅了されたのか、梅津正彦トレーナーはしずちゃんに、

「どうせやるなら本気でやろう」

と助言します。

この本気とは、ドラマでの一時的なことでなく、一人のボクサーとして、ドラマとは関係なく真剣にやっていこうという話でした。

そして、その助言に従い、しずちゃんのボクサー人生が始まり、なんと、2012年のロンドン五輪という大きな目標に向けて、厳しいトレーニングが始まったのです。

 

しずちゃんの階級であるヘビー級には、日本国内の女子選手がほかにおらず、試合そのものが組めずに苦難も続きました。

しかし、2009年2月にはC級ライセンスを取得。

ロンドン五輪に向けて、一歩前に進んでいったしずちゃん。

しかし、しずちゃんに悲劇が訪れます。

二人三脚で、トレーニングを続けてきた恩師である梅津正彦トレーナーが、『メラノーマ』という悪性腫瘍に冒され、

余命わずかという宣告

まで受けてしまうのです。

本来ならば、ボクシングのトレーナーどころではありません。

しかし、梅津正彦トレーナーは、自分がしずちゃんに本気でやろうと誘った手前、自らの事情で

治療のためにトレーナーを退くことなどできない

と感じたのか、彼はトレーナーを退くことなく、この病気と闘いながら、しずちゃんのトレーナーを続けました。

そして、しずちゃんは、世界で戦えるだけの力を身につけ、ロンドン五輪に一歩ずつ前進していったのです。

 

しかし、梅津正彦トレーナーは、道半ばでこの世を去り、しずちゃんもロンドン五輪もあと一歩のところで出場できませんでした。

次のしずちゃんの目標としては、リオ五輪を目指し戦っていたのですが、遂に力尽きたのか、しずちゃんも現役を引退することとなったのです。

しずちゃんも、36歳ですし、ここまで続けてきただけでも立派だと思います。

ボクサーとしての人生は終わりますが、しずちゃんは元々芸人です。

バラエティ番組中心に、本来の職種であるお笑い一本で、また新たにファンを笑わせる活躍を期待したいものです。

 

しずちゃんがボクシング引退を決めた理由

あれだけボクシングで、オリンピックを目指していたはずのしずちゃんが、リオ五輪目前で引退したことに驚いた人も多いと思います。

では、しずちゃんがボクシング引退を決断した理由とは何でしょうか?

 

やはり、ある程度は想像していましたが、しずちゃんのボクシング引退の理由は、

体力の限界

が大きな理由だったそうです。

そもそも、しずちゃんがボクサーとして現役を続けていたとしても、

国際ボクシング協会 (AIBA)ルールでは、年齢制限が40歳(2013年4月より40歳に引き上げ)

となっていて、しずちゃんにとって、リオ五輪が事実上のラストチャンスでした。

しかし、ロンドン五輪予選兼2012年世界女子ボクシング選手権大会で負ってしまった、膝の怪我の状況が悪化していました。

手術して治療したものの、体力的にも限界を感じ、それでしずちゃんはボクシング引退を決断したのでしょう。

しずちゃんとしては、手術をしたとはいえ、まだリハビリ中に近い状態で、リオ五輪まで残り1年を切っているこの状況。

さらにしずちゃんの恩師もこの世を去った中で、試合を組む相手も国内にいない環境です。

これでは、現役を続けていくことが、もう無理だったのかもしれませんね。

ただ、少なくともボクシング協会にとって、しずちゃんが女子ボクシング普及に、多大な貢献を果たしたことは紛れもない事実です。

ロンドン五輪で出場を逃した直後も、日本アマチュアボクシング連盟から特別表彰されています。

そして、しずちゃんから、2015年9月に引退の報告を受けた、日本ボクシング連盟の山根明会長も、

「真剣に練習に取り組む姿勢が立派で、競技の普及や発展にとって最高の功労者だ」

と、しずちゃんのこれまでの労をねぎらったそうですよ。

追記

『南海キャンディーズ』のしずちゃんがボクシングの現役を引退した理由は、間違いなく怪我や体力面が、大きく起因していることに違いありません。

決してリオ五輪を逃したからだとか、ボクシングが嫌いになったからではありません。

ただ正直、しずちゃんがボクシングを断念し、現役引退せざるを得なかったことは、非常に残念です。

しかし、恩師とボクシングに向き合ったこの数年間は、現役引退後の現在も、決して無駄にはなっていません。

引退会見の席で、しずちゃんは、当時お世話になっていた、日本ボクシング連盟の山根明会長にも、こんな感謝のコメントを残しています。

私はアマチュアボクサーとして現役を引退します。

本当に山根会長をはじめたくさんの人々に、試合するチャンスを頂き感謝しています。

ボクシングがなかったら、私の人生はなかったなと思います。

山根会長は、ボクシング連盟の会長として、女子選手の一人として、しずちゃんをサポートしています。

そして、何よりも彼女にボクシングという世界を教えてくれたのは、

恩師である梅津正彦トレーナーと、ボクササイズとして推奨してくれたロバート・山本博さん

の二人ですよね。

彼らがいなければ、間違いなくしずちゃんがボクシングと出会えていなかったわけです。

その出会いがなければ、かつて相方である山里亮太さんが、お笑いに情熱をかけていたことの意味を理解できないままだったでしょう。

また、お笑いコンビとしての仕事も激減したままだったと思います。

 

しずちゃんは2006年の映画『フラガール』で女優デビューもしています。

当時、お笑い一本で頑張っていた山里亮太さんとは異なり、女優の片手間でお笑いをしていたところもあって、両者は完全にいがみ合っていたそうです。

そこには、山里亮太さんがお笑いしかないと一生懸命になり、そこに別の仕事がきて喜んでいるしずちゃんへの嫉妬もあったわけです。

しずちゃん自身、そこまでお笑いに情熱をかけていた山里亮太さんの気持ちを理解できなかったみたいですね。

当時は、いつ解散してもおかしくない状況で、筆者としても『南海キャンディーズ』が再びネタをやるなんて想像もしていませんでした。

それが、色んな人達との出会い・サポートのおかげもあって、やっとお互いを認め合える存在になったわけです。

その一つにボクシングに情熱を全て傾けたしずちゃんが、山里亮太さんの当時の気持ちを理解できたという部分もあったのです。

このことは、バラエティ番組『1周回って知らない話』で明らかにされています。

 

筆者としては、当初、しずちゃんがボクシングでオリンピックを目指すなんて夢物語で、ただの賑やかしだろうと考えていました。

しかし、決してそんなことではなく、しずちゃんなりに本気でボクシングに取り組んできたことがわかりました。

いかに自分の考えが浅はかだったか、筆者自身、恥ずかしくなった記憶もよぎります。

それだけ本気で取り組んできたからこそ、しずちゃんにとってボクシングを本気で取り組んできた時間は、引退後も

多大なものを引き寄せる、大きな財産となった

のだと思うのです。

女子ボクシングが少しずつ注目されるようになったのも、しずちゃんの功績が大きいと思います。

『南海キャンディーズ』としても、新ネタを披露できるようになったわけで、今後も、この大切な財産がしずちゃんを大きく支えてくれることでしょう。

選手としての時間は終わりを告げましたが、これからも、その気持を芸能活動にぶつけ、ますます活躍していってほしいですね。

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しずちゃんのボクシング現役時代の戦績は?

では、実際のところ、しずちゃんのボクシングの戦績はどうだったのでしょうか?

そこで改めて調べてみたところ、まずデビュー戦となる2011年5月開催の、第1回タイペイカップトーナメントで初戦敗退しながら、4人中3位。

その翌年、2012年2月に行われた、全日本女子選手権兼ロンドン五輪予選日本代表派遣選手選考会では、

ミドル級に階級を下げ、決勝で、鈴木佐弥子選手に26対11で判定勝ちで優勝し、日本代表に選出

されています。

5月に行われた世界選手権では、2回戦のシャフノザ・ニザモワ選手に(ウズベキスタン)を3ラウンド1分54秒でTKO勝利します。

続く3回戦、アンドレア・シュトローマイヤー選手に(ドイツ)には、1ラウンド1分56秒TKOで敗れてしまいます。

その後、2014年11月に行われた、世界女子ボクシング選手権大会の1回戦で、

エジプトの選手に0-3の判定負け

を喫し、それ以降は、試合をしていませんでした。

戦績と言っても、まだまだ女子ボクシングそのものが普及していないため、競技人口も少なく、それほど多くの試合は組まれていません。

しかし実際に、ロンドン五輪まであと一歩、というところまで実績を挙げたことは事実です。

一人の芸人が、ここまで戦い抜いたその事実こそが、素晴らしい戦績だったと思います。

 

まとめ

南海キャンディーズのしずちゃんが、ロンドン五輪を目指して真剣にボクシングをしていた話は、芸人好きのみなさんなら知っていること思います。

ただその裏には、病気によって亡くなった梅津正彦トレーナーとの二人三脚の感動秘話も。

残念ながら、2012年5月に行われた世界選手権3回戦で、しずちゃんがTKO負けを喫し、あと一歩のところで、ロンドン五輪の出場権を逃しています。

また、リオ五輪手前では、しずちゃんが

体力の限界

を感じ、引退することとなってしまいました。

しかし、しずちゃんが女子ボクシングの普及に多大な功績を与え、お笑いコンビ『南海キャンディーズ』の相方である山里亮太さんと歩み寄れたことは事実です。

今後、再びしずちゃんが芸能界で多くのファンを笑わせ、活躍することを期待したいですね!

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