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清水エスパルスのJ2降格の原因は監督ではなく選手とフロントの確執

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Jリーグ発足以来、ずっとJ1リーグに在籍し続けていた数少ないチームである清水エスパルス。

2015年シーズンの結果で遂にJ2降格となり、多くのサポーターがショックを受けました。

当時は、まるで一つの歴史が終わってしまったかのような衝撃が走りましたが、清水エスパルス以外のサポーターなど、冷静なサッカーファンからしてみれば、

『清水エスパルスは、J2に降格して当然だった』

という、厳しい意見を言う方もいました。

では清水エスパルスが、J2へ降格した理由・原因は一体何だったのでしょうか?

清水エスパルスの監督と選手の間で確執などが影響していたのでしょうか?

本記事で、清水エスパルスのJ2降格の舞台裏を探っていきます!

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清水エスパルスのJ2降格

清水エスパルス

清水エスパルスのパルちゃん

清水エスパルスは、J1リーグナビスコカップ(1996年)、天皇杯(2001年)と2冠に輝き、年間王者としてのタイトルではないものの、1999年にはセカンドステージで優勝した実績があります。

当時、同じく静岡を拠点とするジュビロ磐田との静岡勢同士のチャンピオンシップを争いましたね。

結果、敗れてしまったものの清水エスパルスは、さすがサッカー王国静岡を代表とするチームだと感心させられたほどです。

かつては大榎克己さん(2015シーズン開幕当初の監督)、長谷川健太さん、堀内巧さん、伊東輝悦さん、澤登正朗さんなど、数々の日本代表選手も輩出。

このように清水エスパルスは、J1オリジナル10の中でもビッグクラブとして君臨し続けていました。

その後、ラモス瑠偉さん、三浦知良さん(現:横浜FC)などを輩出した名門・ヴェルディ川崎(現:東京V)が、2005年にJ2降格。

さらにジェフ千葉・ガンバ大阪も降格し、遂に清水エスパルスまでがJ2に降格する悲劇が訪れてしまうのです。

本当に昔からのサッカーファンとしては、悲しい現実です。

ただ、この数年の清水エスパルスは、いつJ2に落ちてもおかしくない状況でした。

ついに来るべき時がやってきたという感じでした。

J2行きが決定した2015年J1リーグセカンドステージ14節ベガルタ仙台戦。

清水エスパルスはJ1残留に向けて、絶対に勝利が必要とされていた状況にも関わらず、前半4分でセットプレイから早々に、ベガルタ仙台のハモン・ロペス選手に簡単にゴールを決められ、先制を許す展開…

まさに、この数年の清水エスパルスを象徴とする試合の幕開けでした。

とにかく守備網が破綻しすぎてしまい、完全に空回り。

J1残留に向けて、清水エスパルスは2点を必要としている中で、あっさり得点を決めたベガルタ仙台。

自慢の守備力を活かし、前線から守備をしっかり行い、清水エスパルスの攻撃をシャットアウト。

結局、この14節は仙台に0-1で敗れるのです。

そして、新潟vs松本山雅の結果次第で、清水エスパルスのJ2降格が決まる状況に。

そして、18時30分から開始された新潟vs松本の試合で、新潟が勝利するのです。

この結果、清水エスパルスが残り3節全て勝利しても、勝点30までしか伸ばせなくなり、新潟の勝点33に届かないどころか、J1残留のボーダーとなった15位神戸の勝点32にも届かなくなりました。

よって、残り3節の結果を待たずして、この日に清水エスパルスのJ2行きが決定してしまったのです。

まぁシーズン通じて、

4勝18敗9分け

という散々な結果では、清水エスパルスのJ2降格も仕方がない話でしょう。

本来ならとっくにJ2に降格してもおかしくなかったと思います。

この2015年のシーズンは、とにかく激戦で、残り3節残した状況で、12位:ベガルタ仙台、13位:アルビレックス新潟、14位:サガン鳥栖、15位:ヴィッセル神戸まで、今後の戦い次第ではJ2に降格してしまうかもしれない状況だったのです。

J1残留争いをしているライバルチームが良い結果を出せずに苦しむ中、それでも清水エスパルスはさらに結果を出せなかった…

しかも監督を変えるなど、なんとかしようとしても駄目だったわけですからね。

 

清水エスパルスのJ2降格の原因は2011年の確執?

清水エスパルス

清水エスパルスが壊れ始め、2015シーズンでJ2降格という悲劇が訪れました。

その大きな原因となる背景には、

5年前のベテラン選手の大量放出による血の入れ替え(世代交代)

が大きく絡んでいました。

当時、清水エスパルスは、ベテラン選手(伊東輝悦選手、市川大祐選手など)を契約満了と共に、戦力外として放出。

そのことで完全に

フロントと選手の間に確執

が生まれてしまいました。

結果、岡崎慎司選手もドイツへ移籍。

その他、藤本淳吾選手が名古屋、本田拓也選手が鹿島、兵働昭弘選手が柏、原一樹選手が浦和。

次々と中心選手や、スーパーサブたちが他のチームに移籍し、清水エスパルスが空中分解していきます。

それでもアフガンゴトビ監督を招聘し、さらに高原直泰選手を獲得するなどの補強はしてきました。

大きくテコ入れしながら2年かけて、ようやく世代交代が進み始めるものの、伊藤翔選手や高木俊幸選手など、本来中心となるべく加入した選手までもが他のチームに移籍。

これで、清水エスパルスが崩壊してしまいます。

その後も、清水エスパルスは、目先の補強ばかりのチーム作りを行うようになり、ますますフロントに対する選手達の不信感が膨らんでしまいます。

結局、若手への世代交代がままならず、さらに伊東輝悦選手、市川大祐選手が抜けた守備の穴も埋まらず。

いつしかチームとして衰退していった清水エスパルスは、遂に力尽きてJ2に降格することになってしまったのです。

 

ベテランであり、怪我などの影響も大きかった伊東輝悦選手、市川大祐選手でしたが、他の選手達にとっては、精神的支柱であったことは間違いありません。

そして、その時点で間違いに気が付かず、

清水エスパルスとしてのチームのビジョンを立てることなく、その場しのぎのチームプラン

で、補強や戦術を変えていったのです。

その体質が、全てを狂わせ、清水エスパルスをJ2に降格させた最大の原因と言えるでしょう。

先にJ2に落ちてしまったジュビロ磐田も、世代交代に失敗した結果、J2へ落ちています。

ただ、当時の清水エスパルスは、それ以上に問題が大きいように見受けられましたね。

 

まとめ

Jリーグ発足以来、ずっとJ1を死守し続けてきた清水エスパルス。

遂に2015年をもって、J2降格が決まってしまいました。

悲しい現実ではありますが、2011年に行ってしまった大量放出の一件をきっかけに、世代交代に失敗。

フロントと選手の間に大きな確執ができてしまい、清水エスパルスは完全なる空中分解した上で、J2に降格したのです。

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