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ギャラクシー街道の映画評価が悪い理由とは?ストーリーネタバレも

更新日

三谷幸喜さん脚本・監督の映画『ギャラクシー街道』が、三谷映画史上最大級のズッコケぶりを見せ、ネット上でも映画のおかしな部分で、大きく注目されてしまっているそうです。

『ギャラクシー街道』の映画ストーリーも、シッチャカメッチャカで、お笑い重視というネタバレが完全にアダとなったのか、

「中身が無い!」

という厳しい意見が飛び交い、それで悪い評価を受けているという話もあるそうです。

果たして本当に中身のない、つまらない映画と『ギャラクシー街道』が受け取られてしまっているのでしょうか?

それとも『ギャラクシー街道』に対して、このような悪い評価を持っているのが、一部の人だけなのか…

映画『ギャラクシー街道』の評価が悪い理由・原因を中心に、本記事でその背景をまとめていきます!

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ギャラクシー街道の映画ストーリーとは?

ギャラクシー街道

キャストである香取慎吾さんや、大竹しのぶさんが舞台挨拶などで語っていたように

『本当にくだらなくてなんにもない映画』

と言っていたように、映画をご覧になった方の評価も、これまで以上にない低評価となっています。

確かに、筆者としては、この映画『ギャラクシー街道』にかぎらず三谷幸喜作品の中で、古畑任三郎を除く全ての作品は、コメディ主体の作品であると強く感じ、どんどんくだらなさが強くなっているような印象も受けます。

それは、ミステリー作品でもあった『オリエンタル急行●人事件』(2015年1月放送)でも、顕著に表れています。

この作品で描かれた事件の犯人は、被害者男性が、かつて引き起こした事件の被害者たち12名全員で、彼らは、復讐のためにオリエンタル急行に乗り合わせ、計画犯罪していたのです。

ここまでは、原作通りのストーリー展開だったのですが、三谷脚本での主人公の名探偵・勝呂は、犯人・事件の真相を明らかにした上で、犯人の一人、保土田民雄に降りしきる雪の中を足跡が残るように激しく歩きまわらせ、現場を荒らすように指示し、これから捜査をする上では、犯人が誰かわからないようにしてしまうのです。

さらに、

『これで外部の人物の犯行かどうかもわからなくなった』

と、復讐のために犯行を行った12名を完全に擁護したのです。

その描き方が、露骨な証拠隠滅を起こしているようにも映り、コメディタッチで描く三谷脚本らしさは出ていますが、内容には賛否が生まれていました。

これはあくまで一つの例にしか過ぎませんが、今回の映画『ギャラクシー街道』では、意味不明な下ネタ連発も含めて、今回の三谷脚本の映画では、コメディ要素が異様に露見されているというのです。

では、実際に映画『ギャラクシー街道』が、どんなストーリーとして描かれているのか、振り返ってみましょう。


 

時は西暦2265年、宇宙には惑星間に点在するスペースコロニーに、人類や、宇宙人が生活するための居住空間が幾つか設置されるようになり、それは、木星と土星の中間にも設置されていまいた。

木星・土星にあるスペースコロニーには、かつては交通量も多く、そこと地球を結ぶ、幹線道路・ルート246666に設置されたスペースコロニーを『ギャラクシー街道』と呼び、様々な生命体(人類・宇宙人など…)の活動拠点となっていったのです。

そんな『ギャラクシー街道』は、たくさんの飲食店が並び、行き交う方たちの食欲を満たし続けてきたわけですが、開通して150年、スペースコロニーそのものの老朽化が目立ち、『ギャラクシー街道』の廃止の噂も流れるようになります。

しかし、この『ギャラクシー街道』を行き交う人間・宇宙人達の姿は跡を絶えません。

そんな中、バーガーショップ『サンドサンドバーガー・コスモ店』の店主ノア(役:香取慎吾)と妻ノエル(役:綾瀬はるか)は、そこで働く従業員たちや、来店する宇宙人・人間などの様々な生物達を相手に接していきます。

当然、様々な考えを持つ生物たちと接していくわけですから、そこにはトラブルも続出し、妻ノエルがいきなりプロポーズされたり、シッチャカメッチャカでもう大変。

2人は、このギャラクシー街道で、色々トラブルや悩みを抱えながら、どのようにバーガーショップを運営していくのでしょうか…


 

以上が、おおまかな映画『ギャラクシー街道』のストーリーあらすじです。

簡単に言えば、『ギャラクシー街道』にオープンされたサンドサンドバーガーという、バーガーショップを舞台に、宇宙人・人類などの様々な生命体が、それぞれの悩みや文化・価値観などをぶつけあいながら、ドタバタし続けるコメディ映画といえますね。

香取さんや大竹さんがくだらないというのも、何処にでもあるようなバーガーショップでの光景のなか、異文化のぶつかり合いが、あまりにもくだらなく笑えてくるということをコメントされているのでしょう。

名優・ブルース・リーの名言にある『考えずに感じろ』のように、まさにこの映画は、あれこれストーリー性を考えるのではなく、全身で感じ、笑い飛ばして欲しい、という願いのこもった映画なんではないかと思いますよ。

『ギャラクシー街道』は、まだまだ劇場公開されていますので、少しでも気になる方は、ぜひご覧下さいね。

 

ギャラクシー街道はストーリーよりも面白さ重視

三谷幸喜

三谷幸喜

映画『ギャラクシー街道』は、2015年に公開された映画の中でもダントツで悪い評価と言われ、『中身が無い!』とまで言われている辛口の視聴者もいらっしゃるようです。

ただ、それはある意味、映画製作側も覚悟していたことではないか、と思えて仕方ありません。

というのも『ギャラクシー街道』の最大のネタバレは、頭で考えてストーリーを楽しむ映画ではなく、あくまで全身で感じ、笑ってもらおう、と言うスタンスだからです。

『ギャラクシー街道』は、ある種、中身がなく、笑いに徹した映画であるもので、そのことが多くの視聴者たちに受け入れられずに、このような結果に…

そのため、三谷幸喜さんをはじめ『ギャラクシー街道』制作側も、酷評を覚悟はしていたと思いますが、やはり最悪の結果となってしまったのです。

同じようなスタンスで公開された映画『THE有頂天ホテル』や『清須会議』は、同じコメディ要素が強いといっても、『ギャラクシー街道』と比較すれば、まだ多少は、ウケが良かったように思います。

今回の『ギャラクシー街道』の観客動員数は、『清州会議』(最終興収29.6億円)の約半分で、最終興収も15億にとどまってしまうのでは?と言われています。

「15億円」とだけ聞けば、それほど『ギャラクシー街道』に悪い印象もないかもしれませんが、『THE有頂天ホテル』の60億8000万円、何かと問題視された『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』ですら、累計で約30億円と言われているわけですから、その半分というのは、かなり厳しい結果と言わざるをえません。

あれだけ酷評され、散々叩かれ続けた『進撃の巨人』を大きく下回ってしまっているわけですから、いくら多少なりとも覚悟していたと言っても、きっとショッキングな話ですよね。

やはり映画は、ストーリーが伴っていないと、いくらコメディが面白くても、ウケは悪いのかもしれません。

 

ギャラクシー街道の評価が悪い理由・原因はズレ?

理由は?の女性

出演者までも、くだらないと言ってしまうほど、ストーリー性を感じることより、お笑い要素満載で展開した映画『ギャラクシー街道』。

完全に視聴者層の価値観とずれてしまい、『ギャラクシー街道』は、そっぽを向かれてしまう結果となりつつあります。

ここまで『ギャラクシー街道』がコケてしまうのは、視聴者と制作側との価値観に大きなズレが影響していることが明白で、やはりどんなにお笑い重視であってもストーリーが重要だと、改めて痛感させられた様な気もします。

あくまで宇宙人という設定を重視したためなのかもしれませんが、あの遠藤憲一さんが出産するシーンがあるだけでも相当無茶があるのに、男女関係も何もなく、主人公・ノアと、その妻・ノエルの子供を出産するというのですから、ストーリーも何もありませんよね。

『ギャラクシー街道』は、"宇宙人"という大きな括り的な設定を背景に、何でもありの様相を見せ、一般常識を根底から覆しています。

この『ギャラクシー街道』を観て、気持ち悪さを感じた人が続出し、それで『中身が無い!』と切り捨てられてしまったのかもしれません。

確かに宇宙人であるという理由で、妊娠するための行動を取らなくても、一方的に男性が妊娠して出産することは可能なのかもしれません。

人間社会では、全く考えられないような非常識で、常識の枠で考えれば考える程、映画についていけない視聴者は続出してしまいます。

冒頭からもお話していたことですが、この『ギャラクシー街道』という映画は、考えずに感じていくことが求められ、純粋にくだらない、と笑うための映画である、と位置づけて見ないと、意味不明の中身の無い映画で終わってしまうのです。

また、『ギャラクシー街道』には下ネタが随所に散りばめられていたということもあり、下ネタが映画のくだらなさを、さらに助長されたと憤慨された視聴者もいらっしゃるそうです。

確かに、久本雅美さんや、柴田理恵さんが所属するWAHAHA本舗の舞台なら、それもありなのかもしれませんが、映画でそんな下ネタを連発されても、面白いと笑えるような気がしません。

何よりも映画を観に来る視聴者層を読み切る力が足らずに、脚本をストーリーよりもお笑い重視で中途半端に書いてしまったことが、『ギャラクシー街道』失敗の最大の要因だったのでは?と考えています。

ただし、『ギャラクシー街道』が失敗というのは、あくま結果的な話です。

最初から何度も言うように、ストーリー重視ではなく、体感型のお笑い映画なので、少し考え方を変えて観てもらえれば、また違った評価になると筆者は思います。

多忙な日常でストレスを抱え込む現代社会において、一切何も考えずに、ただ意味もなく笑い飛ばす時があっても、それもたまには精神的に良いのかもしれません。

ブルース・リーの言葉通り、考えず感じながら、嫌なことを全て忘れて、笑い飛ばしてみてはいかがでしょうか。

香取慎吾さんもコメントされたとおり、あまりのくだらなさに腹を抱えて笑い飛ばすには、『ギャラクシー街道』は、まさに最高のコメディ映画だと思いますよ。

 

まとめ

コメディ映画の天才とまで言われる、脚本家・三谷幸喜さんが手がけた映画『ギャラクシー街道』。

この『ギャラクシー街道』が早くも世間から悪い評価を受けている、と注目されています。

それも、あれだけ叩かれた映画『進撃の巨人』の累計興行収入の半分と言われており、やはりストーリー性を崩してまで、お笑い重視にしたことが、大きく影響していますね。

喜劇や舞台なら、まだ観客として体感して笑い飛ばすことは可能ですが、映画でそれを求めるには無理があり、ストーリーを追い求める視聴者層の価値観を無視してしまったら、このような結果になることは目に見えて明らか。

まぁ、この映画を楽しむには、私達視聴者側が、価値観を変える必要があるということなのでしょうね。

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