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吉田香織のプロフィール!市民ランナー初の五輪マラソン出場か?

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2016年のリオ五輪の選考会を兼ねた『さいたま国際マラソン』が、2015年11月15日に開催されましたが、なんと、この大会で、また新たな市民ランナーがリオ五輪内定に名乗りを上げる快挙を成し遂げました。

そのランナーの名は、吉田香織

これまで全く聞いたこともない完全なる無名の市民ランナーが登場したと思いきや、吉田香織選手は、実は数々の実業団や、クラブを渡り歩いてきた苦労人だったようです。

では、吉田香織選手がこれまでどんな波乱万丈なマラソン人生を歩んできたのでしょうか?

そして、吉田香織選手が今回の結果によって、リオ五輪のマラソン出場の切符を手に入れることが出来るのでしょうか?

そこで本記事で、吉田香織選手のプロフィールや、リオ五輪のマラソン出場の可能性を探っていきます。

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市民ランナー吉田香織が最高位の国際マラソン大会

さいたま国際マラソン

東京国際マラソンの様に、市民ランナーや招待選手・実業団の選手など、様々な選手が一同に走るマラソン大会は、日本国内でもたくさん開催されていますよね。

中でも女子マラソンのオリンピック選考会を兼ねている大会の一つとして位置づけられているのが、2015年11月15日に開催された『さいたま国際マラソン』。

元々、このマラソン大会は、さいたま市が合併される前に、浦和ハーフマラソン、与野大かやマラソン、大宮市民マラソンなどのハーフマラソンが元となっていたマラソン大会で、さいたま市に合併後は、『さいたまシティマラソン』として位置づけられていました。

しかし、これまでオリンピック代表選考レースの一つとして位置づけられていた横浜国際女子マラソンが財政難を理由に、大会終了となってしまったため、ハーフマラソンだった、さいたまシティマラソンをフルマラソンとして位置づけるようになりました。

そして横浜国際女子マラソンの後継として、『さいたま国際マラソン』をオリンピック代表選考レースの一つとして位置づけるようになったわけです。

そんな記念すべき第1回さいたま国際マラソンが、2015年11月15日に開催されたのですが、ここで日本人最高の2位に入ったランナーが、なんと市民ランナーであることにビックリ!

『実業団の面々は何をしているのか!?』

と、厳しい意見を言う方もいらっしゃるかもしれませんが、実業団であるかないかは関係なく、オリンピック代表選考レースと位置づけられるような大きな大会であっても、実力さえあれば、誰でも結果が出せると証明されました。

その大きな結果をもたらしたのが、2時間28分43秒の記録で、2位に入った吉田香織選手だったのです。

さいたま国際マラソンのコースは、起伏の激しいコースで、前半から有力外国人招待選手たちが、続々脱落する大波乱が巻き起こり、11.9キロの折り返し地点での先頭集団が、吉田香織選手、渋井陽子選手を含めた8選手のみという展開となったのです。

そして、30キロ地点で渋井選手が脱落すると、それとともに、吉田香織選手も徐々に遅れ、前を行く選手たちに離されかけましたが、そこから粘りの快走を見せ、39キロ地点で2位を走るケニアのチェシャイアー選手を抜き去り、そのままゴール。

海外の名だたる招待選手や、日本のトップアスリートが脱落していく中、粘り強く走りぬいた吉田香織選手が、この大会で優勝した、エチオピアのアツェデ・バイサ(2時間25分44秒)選手に続く2位に入り、リオ五輪内定に名乗りを挙げたのです。

もちろんリオ五輪マラソン選考レースは、まだ二つ残っていて、1月の大阪国際マラソンと、3月の名古屋ウィメンズマラソンの結果待ちということになりますが、その結果と比較して、成績が良く、リオ五輪のマラソンでメダルが取れると認められれば、晴れてリオ五輪のマラソン出場が決まります。

確か、まだ市民ランナーからオリンピックランナーは生まれていないはずなので、もし吉田香織選手が、リオ五輪のマラソン代表選手に選ばれたら、すごい快挙と言えそうですね。

ぜひ、これが素晴らしい結果となっていくことを願いたいものです。

 

市民ランナー吉田香織のプロフィールは?

吉田香織

吉田香織

今回のさいたま国際マラソンで、日本人最高の2位に入った市民ランナーの吉田香織選手は、実は過去に実業団に所属していたランナーだったことを皆さんご存知でしょうか?

吉田香織選手の経歴・プロフィールを探っていくと、まさに今回多くの選手たちが脱落していった、さいたま国際マラソンのコースのように起伏の激しい波乱万丈なマラソン人生だったように見えました。

さて、そんな吉田香織選手ですが、彼女は1981年8月4日埼玉県坂戸市生まれの34歳。

2000年には、埼玉県立川越女子高等学校を卒業すると、シドニーオリンピック金メダリストの高橋尚子さんを輩出した小出義雄監督に見出され、彼の誘いで積水化学に入社し、吉田香織選手は、実業団マラソンの道に進みます。

また、その頃には、国際千葉駅伝や、横浜国際女子駅伝などでも、日本代表として駅伝に出場されていたこともあり、日本の女子マラソン選手として、吉田香織選手は、頭角を現し始めていたようです。

しかし、その後、小出監督や高橋尚子さんが、積水化学を辞めたため、師匠とも言える人物を失い、2003年に資生堂に移籍しますが、それでも結果を残すことが出来ず、吉田香織選手は不遇の時代を過ごすことになってしまうのです。

そして2007年、資生堂ランニングクラブに所属当時監督をされていた川越学さんが設立した『セカンドウインドウAC』に吉田香織選手は移籍しますが、ここ一番の重要なレースで結果を残せず、またチームを移籍しながら、不遇な時代が続きます。

さらに2013年5月には、吉田香織選手自身がドーピング検査に引っかかってしまい、2年ほどマラソンの出場機会を剥奪されてしまうのです。

小出義雄監督に見出され、実業団に引っ張ってもらった頃から見たら、一気に地獄に追いやられたという印象の強い吉田香織選手です。

しかし、なにかをきっかけに蘇ったかのごとく、吉田香織選手は市民ランナーとして、今回のさいたま国際マラソンを走り、見事に結果を出しました。

吉田香織選手は、どことなく勝負弱い印象のある女性ランナーですが、今回は持ち前の粘り強さが発揮され、遂にオリンピック選考レースで好成績を叩き出すことに成功したのです。

ただし、吉田香織選手の戦いは、まだここで終わりではありません。

さいたま国際マラソンは、あくまでリオ五輪マラソン代表選考レースの一つにしか過ぎず、代表内定に一歩近づいただけで、その他の選考レースで吉田香織選手を上回る結果を出す選手が現れた場合、彼女は、リオ五輪のマラソンに出場はできない場合もあります。

さいたま国際、大阪国際、名古屋ウイメンズの3レースの選考レースの結果を加味し、それで吉田香織選手が選考され、晴れてリオ五輪のマラソン代表選手として決まります。

果たして吉田香織選手は、念願のリオオリンピック出場を果たせるでしょうか。

まだまだ、その動向に注目したいものですね。

 

吉田香織のリオ五輪出場の可能性は?

考える女性

先程もお話したように、リオ五輪の残る女子代表選手枠は二つ(世界陸上7位の伊藤舞選手が既に内定済み)しかなく、この二つの枠をさいたま国際、大阪国際、名古屋ウイメンズの3つの選考レースの結果で決めます。

当然、タイム・順位・メダルへの可能性などを加味した上で、総合的に日本陸上連盟が有力と思える2選手を起用することを決めます。

なかなかこの基準が不透明で、かつては、高橋尚子さん(アテネ五輪)、松野明美さん(バルセロナ五輪)なども選考レースで好成績を残しながら、最終的に選考漏れとなってしまい、五輪マラソンへの出場が出来ませんでした。

なので、吉田香織選手が代表に選考される可能性は、あくまでまだ30%程度の確率しか無いというのが正直なところで、最悪落選する可能性もあるかもしれません。

ただし、1月の大阪国際、3月の名古屋ウイメンズの結果次第場合は、おそらく吉田香織選手が、そのままリオ五輪のマラソン出場枠を勝ち取ると思います。

果たして残る二つの選考レースで、吉田香織選手を上回る選手が出てくるのか…

この先の2つのマラソンの動向を見守りたいものですね。

 

まとめ

さいたま国際マラソンで、日本人最高の2位に入った吉田香織選手は、粘り強い走りを信条としている選手ではありますが、これまでここ一番での結果は振るっていない選手でした。

しかし、今回ようやく吉田香織選手にとって、五輪出場の最初で最後のチャンスが訪れようとしています。

まだ2016年1月の大阪国際、同3月の名古屋ウイメンズの2レースが、代表選考レースとして残っているので、現時点では、まだなんとも言えない状況であることに違いありませんが、吉田香織選手にとっては、リオ五輪出場内定に向けて大きな一歩を進んだことは事実と言っていいでしょう。

果たして、吉田香織選手が念願の五輪出場を果たす日がやってくるのか?その動向に注目し続けたいものですね!

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