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日本のこころに党名を改名した理由は批判と大敗?もはや風前の灯!

更新日:

『日本のこころを大切にする党』という政党がありましたよね。

長い名前であることから、

「覚えにくい」

と、ネットでは言われていました…。

そして、2017年2月にまたもや党名を変更。

『日本のこころ』

という名前にしたそうです。

一体、なぜ『日本のこころを大切にする党』は、『日本のこころ』という名前に党名を短縮したのでしょう?

当記事では、『日本のこころ』について、改名の理由やネットでの評判などを調べてみました!

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『日本のこころ』の党名の改名遍歴

かつて、『日本のこころを大切にする党』という、長ったらしい名前の政党がありました。

その『日本のこころを大切にする党』が、

『日本のこころ』

という名前に変更したのですが…。

そこで、まずは『日本のこころ』についておさらいしておきましょう。

『日本のこころ』は、2014年5月に、日本維新の会が分党されることになり、石原慎太郎氏を中心としたメンバーによって生まれました

そして、約600ほどの党名案の中から選ばれたのが、今やなつかしい、

『次世代の党』

次世代の党

という名前。

しかし、結党当時は、石原慎太郎氏を中心として高齢の議員が多かったため、

「旧世代の党」

「爺世代の党」

などと揶揄られ、年老いてなお、政治の表舞台の立とうとするのか!

という批判にさらされていました。

結党後は、保守層からの支持を広げようと、『タブーブタのウタ♪』などの斬新な取り組みを行いましたが…。

 

初の国政選挙となる第47回衆議院議員総選挙では、

わずか2名の当選

に留まってしまいます。

この大敗により、石原慎太郎氏は正式に政治家の引退を表明。

その後は奮起を誓い、地方統一選挙では一定の成果を収めたものの、運営はうまくいきません。

党首であった平沼赳夫氏など複数名の離党が相次ぎ、中山恭子氏が党首改め代表となり、中山恭子体制が始まることとなったのです。

 

ちなみに、女性の国政政党党首は、2013年に党首を辞任した社民党の福島瑞穂氏以来とのこと。

そしてその後、『党名を変更するべきではないか?』と党内で議論されるようになり、最終的に党名変更をすることが決定。

2015年12月に、『日本のこころを大切にする党』が誕生したのです。

この際、江口克彦氏が党名変更に反発して離党。

ついに政党として認められるために必要な政党要件の1つである、

『所属国会議員が5人以上』

を失ってしまいました。

 

現在は、直近の国政選挙で比例代表の全国得票率が2%以上という要件を満たしているため、まだ政党として存続できている状態です…。

設立時は、22人の所属国会議員がいた『日本のこころ』。

江口克彦氏の離党以降も離党などが相次ぎ、現在では…

わずか2名

党としては、まさに低迷を極めています。

『日本のこころ』の中山恭子代表は、『次世代の党』から『日本のこころを大切にする党』という党名に変更する理由について、当時、

「次世代の党という名前が浸透しなかったから」

「穏やかさや誠実さ、良心など、日本人が誰でも持っている精神=『日本のこころ』が欠けつつある」

と発表していました。

ただ、『党名が変わったところでより世間に浸透するとは思えない』と思ったものです。

逆に党名が長くなったことで、余計に覚えづらくなるのではないか?とさえ感じましたからね。

その予想は案の定的中。

『日本のこころを大切にする党』は、わずか1年と3か月ほどで、またもや党名を変更することとなったのです。

その新しい名前というのが、先ほど触れた…

『日本のこころ』

そして、参議院では自民党と統一会派を組むこととなり、会派名は

『自由民主党・こころ』

となり、『日本のこころ』は与党になったのです。

 

『日本のこころ』に改名した理由

『日本のこころ』は、『次世代の党』から『日本のこころを大切にする党』へ改名した当時、ネット上では、

「これはさらに浸透しなくなりそう」

「何が伝えたいのかさっぱりわからない」

「覚えやすくて党名が短いほうが、選挙の時にも書きやすいのに、全く逆の方向へ向かっている」

と、批判が噴出していました。

やはり、筆者も感じたように、

「党名が長い」

ということが、1番の批判ポイントになっていたようです。

党名が変われば名前が浸透するかと言われれば、そうではないのです。

『生活の党と山本太郎となかまたち』は、名前こそインパクトがありますが、所属している議員の評判の悪さもあって、世間からの支持は得られていませんし、あまり認知もされていません。

それに、昨今は

『解党しては結党』

という、政党の乱立状態が起きている状態です。

そんな状態の中で、政党の名前を変えずにいれば、新たに誕生しては消えていく政党に比べれば、認知度も広まるはずなのです。

それなのに、わざわざ長ったらしい名前にしてしまったことが、批判を浴びてしまったのでしょう。

ある意味では、その批判も注目される理由にはなったので、炎上商法的な意味合いでは成功したのかもしれませんが…。

 

そういった状況を見てか、先ほども触れたように、『日本のこころを大切にする党』は、

『日本のこころ』

に、たった1年3か月ほどの期間で改名したわけです。

では、なぜ『日本のこころを大切にする党』から、『日本のこころ』という名前に変更したのでしょう?

その理由としては、やはり、批判されていた部分の

『名前が長すぎた』

というところにあるようです。

『日本のこころ』は、この名前が長すぎた結果が参議院選挙での大敗に繋がり、有権者からの認知度も低かった原因としたのです。

はじめから、わかりそうなものですが、なぜ『日本のこころ』はわざわざ長い名前をつけてしまったのか…。

もはや失ったものが大きすぎて、いまさら気づいても遅いのでは?

そう突っ込みたくなってしまいましたね。

 

まとめ

『日本のこころを大切にする党』は、あまりにも名前が長すぎたということから、

『日本のこころ』

という政党名に変更。

しかも、『日本のこころを大切にする党』という名前に改名してから、わずか1年後のことでした。

もともと『日本のこころを大切にする党』への改名当初から言われていた、名前の長さ…。

それを今頃になって自覚し、改名に至ったのだと思われます。

しかし、時すでに遅しといった印象もありますよね。

結局、『日本のこころを大切にする党』への改名を巡って党員を失っているわけですから…。

筆者としては、かつての『次世代の党』のままでもよかったのでは?と感じてしまう次第です。

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