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古舘伊知郎の経歴や評判を紹介!報道ステーションの年収が凄い!

更新日

フリーアナウンサーの古舘伊知郎さん。

彼は元々テレビ朝日のアナウンサー。

ただ、多くの人のイメージには、プロレス実況者、『筋肉番付』のナレーションとしてのイメージが強いのではないでしょうか?

『報道ステーション』のキャスターも長年務めていましたね。

しかし、2016年3月31日に『報道ステーション』を降板することになり、その後の古舘伊知郎さんが何をしているのか気になる方も多いかと思います。

そこで当記事では、古舘伊知郎さんの経歴プロフィール、そして現在はどんな仕事をしているのか、年収がいくらかなど、迫っていこうと思います。

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古舘伊知郎の経歴プロフィール

まず、古舘伊知郎さんの経歴プロフィールを追っていきましょう。

その前に、古舘伊知郎さんのプロフィールです。

古舘伊知郎のプロフィール

生年月日:1954年12月4日

出身:東京都北区

愛称:いっちゃん

血液型:AB型

学歴:立教大学経済学部経営学科

所属事務所:古舘プロジェクト

勤務テレビ局:テレビ朝日→フリーアナウンサー

古舘伊知郎さんが、アナウンサーを志したのは大学時代だそうです。

大学の時に、友人から、

「喋りがうまいからアナウンサーになれば?」

と言われ、アナウンサーアカデミーに通うことを決めたのだとか。

そして、当時の全国朝日放送(現在のテレビ朝日)に面接で、

広辞苑の暗記

という特技を披露したことでアナウンサーに合格します。

入社後はすぐに、ワールドプロレスリング担当に配属となり、長州力VSエル・ゴリアス戦で実況デビュー。

ここから、

「お~っと!」

を筆頭としたアナウンス名言を生み出し、『古舘節』『過激実況』で有名なプロレス実況アナウンサーとして、プロレスファンに認識されていくのです。

1980年代の山本小鉄さんとのコンビでのプロレス実況はとくに盛り上がりましたね。

古舘伊知郎さんは、プロレス全盛期を支えた1人として、実況という立場ではありますが、間違いなくプロレス界の功労者として数えられる人物になったことは間違いありません。

多くのレスラーに個性を与える独自の名称をつけたりしたことは、個々の選手の認識にもつながり、選手側としても、古舘伊知郎さんのことが非常に頼もしく感じたのではないでしょうか?

その後、1984年にテレビ朝日を退社すると、大学時代の友人とともに事務所『古舘プロジェクト』を設立。

F1実況や競輪の特別実況、さらに『トーキングブルース』などのテレビ番組に出演するようになり、俳優業にも挑戦したこともありました。

世間的に古舘伊知郎さんの名がよく知られるようになったのは、フリー転身から1年が経った1985年の『夜のヒットスタジオ』の司会に抜擢されたことではないでしょうか。

ここから、スポーツ界以外でも古舘伊知郎さんの名が知られるようになっていきます。

そして、ついには1994年~96年にかけて、NHKの年末の定番である

『紅白歌合戦』の白組司会に選ばれる

ほどになるのです。

民放アナウンサー出身の人がNHKの『紅白歌合戦』白組司会を務めたのは古舘伊知郎さんが初めてです。

当時それだけ古舘伊知郎さんが人気だったことが伺える出来事になったと言えますね。

また、1990年代の古舘伊知郎さんと言えば、忘れてはならないのが『筋肉番付』ですよね。

後継番組でもある『体育王国』でも実況を務めていました。

『筋肉番付』は、その人気からテレビゲームも発売されたことがありましたが、それも古舘伊知郎さんの実況がとてもうるさかったですね。

ゲームがバグってしまうと、古舘伊知郎さんの実況が連発され、室内にうるさく響き渡るので、うるさいながらも笑ったことを思い出します。

古舘伊知郎さんは『筋肉番付』、そして『体育王国』を1995年~2003年まで出演すると、その後の2004年に、

『報道ステーション』の初代メインキャスター

として就任するのです。

『報道ステーション』時代は、番組に専念するために、その他の番組の出演を一切控えるようになり、実質的にテレビ朝日勤務に等しい状態として日々過ごしました。

古舘伊知郎さんといえば、熱いスポーツ実況というイメージが強いだけに、淡々とした喋りで進行していく『報道ステーション』は、どうもイメージに合わず、最初は違和感を抱いたものです。

『報道ステーション』時代の古舘伊知郎さんは、賛否両論となる評判。(これは後に触れます)

12年ものあいだ、『報道ステーション』のメインキャスターとして務めますが、契約期間の終了と、

「新しいことに挑戦したい」

という古舘伊知郎さんの意向から、2016年3月31日の年度末をもって『報道ステーション』を降板。

現在はフジテレビの『フルタチさん』、『トーキングフルーツ』を担当しています。

もしかしたら、『報道ステーション』に拘束されなくなったことで、また古舘伊知郎さんの熱いスポーツ実況を聞ける日も近いかもしれませんね!

 

古舘伊知郎の年収は?報道ステーションがヤバイ!

さて、古舘伊知郎さんの年収ですが、一体どれくらいもらっているのでしょう?

レギュラーをみると、『フルタチさん』、『トーキングフルーツ』しかない状態です。

現在は、そこまで年収が多くはなさそうですが、全盛期の『報道ステーション』時代はとてつもない年収になっていそうです。

2014年ごろの週刊現代に掲載されていた文化人収入ランキングでは、堂々の5位に古舘伊知郎さんがランクイン!

なんと、

年収6億5,000万円

だったとの情報が入っています。

また、別の月刊誌では、ジャーナリストの上杉隆さんが書いたという記事に、『報道ステーション』の番組料として、

『古舘プロジェクト』に対し年間30億円

もの金額が支払われていたと言われているそうです。

『古舘プロジェクト』は、『報道ステーション』の制作も行っていたらしいので、古舘伊知郎さんの出演料以外でも、収入を受けていたようですね。

それにしても、ただの報道番組であるのに、ギャラだけで年間6億円とは、とてつもない収入です。

やはり、1時間という長い報道番組であり、毎週月曜~金曜まで生放送で行っているということが、6億円という高額収入に繋がっているのでしょうか?

 

古舘伊知郎の評判は?

古舘伊知郎さんの評判について調べてみました。

さきほども少し話しましたが、どうやら賛否両論の評判になっているみたいですね。

プロレス実況時代は、かなり好意的な意見を持たれていたのですが、ある時を境に、古舘伊知郎さんに対する否定的な意見が多くを占めるようになったそうです。

そのある時というのが、『報道ステーション』時代。

『報道ステーション』のキャスター時代は、

『週刊文春』のメルマガアンケートの『嫌いなキャスター』ランキングで、2位に大差をつける堂々の1位を獲得してしまう

ほど、視聴者から嫌われていたようです。

『報道ステーション』時代の古舘伊知郎さんがなぜ嫌われていたのかというと、『非常に無知だから』ということです。

古舘伊知郎さんは、無知にも関わらず、頑張って自分のコメントを出そうとするので、

「お前の意見なんて聞いてない」

「無知な奴が余計なことを口に出すな」

と視聴者からのクレームが殺到し、

一時期は全体の95%もの誹謗中傷が毎日のように送られていた

ようです。

それでも、1つ1つ全て読んで、自らの糧にしていたそうですよ。

また、古舘伊知郎さんが『報道ステーション』時代に痛烈に批判されてしまったのは、『報道ステーション』の前身番組である

『ニュースステーション』のメインキャスター・久米宏さんと比較されていた

という点でしょうね。

久米宏さんは、自身がアナウンサー出身であることからか、余計なコメントをしませんでした。

物事にたいして『詳しく知らない』ということを自覚している、無知の知があったわけです。

しかし、古舘伊知郎さんには無知の知がなかったため、報道番組だというのに的外れなコメントをし、常に批判されていたわけで…。

そう考えるとわかりやすい気がしますね。

やはりコメントはコメンテーターに任せ、自身はひたすら情報を読み上げることに徹するのが、報道番組のメインキャスターとしてあるべき姿なのかもしれません。

 

まとめ

古舘伊知郎さんは、長らくプロレス実況やF1実況で親しまれていましたが、『トーキングブルース』や『夜のヒットスタジオ』、『筋肉番付』などで徐々に有名になっていき、2004年からは『報道ステーション』の初代メインキャスターに抜擢されました。

しかし、『報道ステーション』時代は、無知ゆえの過ちを犯すことが多く、視聴者からは日々バッシングの嵐…。

それでも、『報道ステーション』だけで年収6億円も稼いでいたというのですから、凄い話ですよね。

その『報道ステーション』を降板したことで、プロレス実況時代のような自由な発言をしやすくなりました。

それだけに今後、古舘伊知郎さんはどんな活躍をしてくれるのか楽しみにしたいと思います。

できれば、また古舘伊知郎さんの熱いプロレス実況を聞きたいものですね!

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