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お花見の桜を楽しむ由来はいつから?海外の反応や評判も紹介!

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毎年3月から4月に、桜の開花時期と合わせ、世間ではお花見シーズンまっしぐら…

主に桜の花を鑑賞しつつ、各自持ち寄ってきたお団子や、お弁当などを食べながら、お酒やドリンクを酌み交わし、春の訪れを、家族や友人・恋人同士で楽しむ、日本ならではの恒例行事として定着していますよね。

ところで、このお花見という日本ならではのイベントの由来・ルーツは、何処にあるのでしょうか?

また、海外ではどのようにお花見イベントが捉えられているのでしょうか?

そこで、本記事にて、お花見の由来や、はじまった時期・由来(ルーツ)や、海外の反応や認識・評判などを探っていきます!

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お花見の由来は宗教的事情…

sakura5日本には、『四季を楽しむ』という独特の文化・風習がありますよね。

夏なら海水浴、秋なら紅葉狩り、冬ならスキーや雪合戦など、独特の文化・風習が日本全国津々浦々で根付いています。

そして、春は、お花見という、日本の国花である桜を観て、お団子やお弁当を食べたり、お酒などを飲み交わしながら、春の訪れを楽しむイベントが、日本国中で定着しています。

しかし、そのお花見の由来がいつからなのかを辿って行くと、決して春のおとずれを楽しむイベントではなく、宗教的な背景が大きく関わっていたことが分かってきました。

そもそも、日本人が桜を愛するようになったきっかけこそが、お花見の最大の由来と言われていて、その由来が、八百万の神が存在していた古代神話以前に存在しているのです。

ではまず、皆さんご存知の桜が、"サクラ"と呼ばれるようになった由来から、お話していきましょう。

これは八百万の神の中に存在する『サ』神鎮座するクラとして、位置づけられた木をサクラと呼ぶようになり、その木を信仰する農民達が、桜の木にお供えをして、豊作を祈った事が背景となっています。

はじめは、五穀豊穣を神に祈っていた、という宗教的な意味合いで、桜の木にお供えものをしていた背景があり、決して、お花見をただの春のお祭りとして楽しんでいただけではなかったのです。

では、どのようにして、お花見の文化が日本に生まれるようになったのでしょうか?

このお花見の文化が、日本に定着しはじめたのは、この桜の木を宗教的背景で捉えていた古代神話の頃よりもかなり後の話なのです。

しかも、はじめの頃は、お花見に用いたのが、中国から贈られてきたであった、というのですから驚きですよね。

もう少し詳しく見ていくと、奈良時代、貴族の間で、今のお花見のように、花を見て楽しむ行事が流行していたらしく、それが平安時代へと時代が移っていくと、宮中で桜を見て楽しむ、という文化に変わっていきました。

お花見

昔は貴族の娯楽として、はじまったお花見文化

それも梅から桜に変わった背景には、御所が火災に遭い、最悪なことに梅の木が焼失してしまったため、代わりに桜の木を植えた事が、大きなきっかけとなって、今の桜のお花見になったと言われています。

ちょっとした事がきっかけで、お花見の対象の花が桜になっていたとは、これも驚きですよね。

それにしても、庶民の間で、全く定着していないお花見が、貴族の間の隠れた娯楽として楽しまれていたという話は、ちょっとニュアンスは違いますが、今のところの地方議員や国会議員が、議員特権を得て、楽しんでいるかのように見えてしまいます。

あまり政治のことを話すとストレスを感じる人もいらっしゃるかと思いますので、軽く触れる程度にしておきますが、議員特権として、国会中に逮捕を免除されたり、渡航費などの特別歳費が貰えたりと、何かと特権が議員には与えられています。

桜の木を観るお花見は、当時の庶民では絶対味わえないような、特権を得た者だけが楽しめるご褒美的なものなのかもしれない、と筆者は考えてしまいました。

そして、いつの時代も一部の権力を持つ人間だけが、何かと優遇され、末端の人たちは何一つ優遇されず、損をするばかりと思ってしまう次第です。

さて、話を元に戻しますが、平安時代に宮中で、桜の花を観て楽しむお花見が定着すると、鎌倉時代以降に、武士や町人達の間でも、お花見の文化が定着し始め、京都で山桜の苗木が植えられるなど、日本全国にお花見文化が広がっていきます。

さらに明治になると、江戸時代後期にある植木屋が、造園の一つとして、エドヒガンと、オオシマサクラの交配種である『吉野桜(ソメイヨシノ)』を奈良県吉野村で誕生させます。

このソメイヨシノが、明治以降、沿道や河川敷、公園、学校などに多く植樹されるようになり、今で言うところの桜並木が誕生するようになったのです。

そして、その植樹は日本だけで留まらず、日本と友好関係の強いアメリカなどにも寄贈されるようになりました。

アンジェラ・アキさんの名曲『サクラ色』の歌詞として

『川沿いに咲いていたサクラ並木を…』

という歌詞がありますが、これは、まさしくアメリカ・ワシントンDCにあるポトマック川に並んだ桜並木のことを指し、いまや日本の魂が、世界各地でも見られるようになっているのです。

アメリカ・ポトマック川の桜

アメリカ・ワシントンDCのポトマック川の桜並木

現在、世界では、内戦やら戦争、世界的な事件などが、次々と起こり、平和からどんどん離れていっているような印象すら伺えますが、日本からアメリカに桜の木を寄贈し、手を取り合えたように、手と手を取り合えば、人種や文化の壁を超えて、仲良く出来るはず…

そんなことすらも思い出させてくれたお花見文化のルーツ・由来と言えそうですね。

 

桜の木がお花見の花として愛されたもう一つの理由とは

桜

桜の木が、いつからお花見の定番の木として重宝され、愛されはじめたのかは、先ほどお話したとおりです。

しかし実は、このお花見の由来の話をするにあたり、もうひとつ桜の木が、春のお花見の花として、多くの日本人から愛されている理由が存在しているのですが、皆さんそのことをご存知でしょうか?

桜の木は、品種にもよりますが、ほぼ同時期に一斉に咲き、その生命も儚く5日~7日で散ってしまうその姿が、日本人の感性にマッチし、春を象徴する日本ならではの国花として愛されているそうです。

日本人は規律を重んじるところもあり、また真面目で勤勉なところが、何事にも潔い桜に重ねることで、日本人の象徴として、親近感が湧いているということなのかもしれませんね。

 

桜を見るお花見に対する海外の反応・評判は?

アメリカ・ポトマック川の桜

アメリカ・ポトマック川の桜

アメリカ・ワシントンDCのポトマック川に桜の木を寄贈したりと、海外でも何かと話題になっている桜ですが、海外の反応として、この日本のお花見という文化はどのように映っているのでしょうか?

実際にお花見文化や、桜並木に対する海外の反応・評判を見ていくと、『お花見文化をかなり羨ましい』と思っている方が、海外には多いように見受けられます。

『一日でいいから日本の綺麗な桜に囲まれてお花見がしたい』

とか、日本のお花見の動画をYOUTUBEなどで閲覧して、

『こんな綺麗な桜を見たら、私も今すぐ日本に飛んでお花見したくなっちゃう』

という方まで、同じような意見が海外の反応・評判として続出しているようです。

また、

『お酒を飲みながら花を見る文化は素晴らしい。自分の住んでいる地域ではそのようなことが出来ないから嫉妬してしまう』

という人もいるらしく、日本のお花見文化は、海外でも羨ましい文化の対象として捉えられているようです。

オリンピック競技などで、メダル数が海外と比較して少なかったり、とくにアメリカなどと比較して、誇れるものが少ない印象も否めない日本ですが、日本だからこそ誇れるものは必ずあり、その一つが桜を見るお花見の文化と言えるでしょう。

今後も、多くの海外の人々が羨むほどのお花見文化を継続し、日本だからこそ魅せられる美しさや、雅の世界観を定着し続けていきたいと思う次第です。

 

まとめ

元々は五穀豊穣を願って、桜の木にお供えしてお祈祷していたのがはじまりだった、日本のお花見文化は、今の世の中で、海外からも羨ましがられる文化として定着するようになりました。

そして、日本が海外に誇れる大きな文化として現在、お花見の映像がYOUTUBEなどで、世界に配信されるようにもなりました。

ただ、桜を見ながら酒を飲み交わしたり、団子やお弁当を食べてコミュニケーションを図るだけのものと思われがちですが、それこそが日本の美学であったことが改めて分かりました。

また、海外でも桜まつりはあるものの、お花見という文化は根付いておらず、これこそが日本が世界に誇れる大きな文化・美学なのだと思う次第です!

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