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ゆとりですけどなにかのドラマストーリーと脚本!主題歌は誰?

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いつの時代も人種差別反対とか言いながら、結局何かと差別が横行していますよね。

『団塊世代』や『ゆとり世代』がその一つで、とくに『ゆとり世代』に対しては、何かにつけて

「やる気が無い」「協調性が足りない」

など、価値観が少しでも異なれば、バッシングの嵐…

そのため若者たちも、世の中に対して投げやりになる者が増え始め、『ゆとりですが何か‥』と自虐するも…

実に寂しい話ですが、そんなゆとり世代を一つのテーマとして描いた社会派人間ドラマが、この2016春に放送されます。

ドラマタイトルは、『ゆとりですがなにか』。

まさにそのままのタイトルですが、一体どんなドラマストーリーなのでしょうか?

そこで本記事で、ドラマ『ゆとりですがなにか』のストーリーあらすじや、脚本・主題歌をご紹介していきます!

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ドラマ『ゆとりですがなにか』とは?

ゆとりですがなにか

ゆとりですがなにか

みなさんはゆとり世代をどのように捉えていらっしゃるでしょうか?

子どもたちが自主的に学習意欲を持って、自分自身の目的に沿った学習をしてほしい、そして、つめ込み学習からの脱却を図り、考える力を養ってほしい…

そんな想いから週休二日制にして、授業量や授業内容が削られ、かなり極端な教育改正となってしまったゆとり教育。

確かに考える力を養うことは重要ですし、自主的な学習は必要なのかもしれません。

しかし、いきなり円周率を3.14から3に変更して、計算そのものを極端にやりやすくしてみたり、歴史に関してもざっくり年号と出来事だけを覚える、という授業もあったらしく…

もちろん、これらの授業内容削減は、各学校で違いがあると思います。

実際に1990年代生まれの若者たちの中には円周率も3.14で習ったという人もいるようです。

さらに言えば、授業内容が削られてしまった事によって、受験の時の苦労が倍増し、本当に苦労して高校受験・大学受験をくぐり抜けた学生たちもたくさんいます。

しかし、従順な態度を取らず、少しでも反抗的な態度を取ると、年配の人たちは何かにつけて、「ゆとり世代」と若者たちを揶揄しているのが現状なのです。

勝手にゆとり教育を押し付け、振り回しておきながら、この言い分はあまりにもひどすぎると筆者は考えています。

若者たちがゆとり世代というなら、他にもこのような○○世代で片付けて、年配達の世代を片付けてしまうことだって出来ますが、それをやると彼らと同じことをしていることになります。

あまりにも身勝手極まりない行動ですよね。

確かに、常識はずれな若者もいますが、個人的に言えば、今の若者は、信じられないくらいしっかりしているように思います。

例えば、子役として活躍している本田望結さんや鈴木梨央さんなどは、子供なのに受け答えがしっかりして、物事の考え方もちゃんとしているように見えます。

筆者が彼女たちの年代の時に、ここまでのことが出来たかと考えると、本当に頭が下がる想いです。

筆者は、かつてアルバイト時代、指導的立場で、若い世代と関わったことが多々ありますが、本当に彼ら・彼女の中には、しっかり自分の将来を考え、意見を持つ若者がたくさんいらっしゃいました。

ただ、その意見を言おうとすると、年配の上司たちはこぞって

『ゆとり世代だから…』

とバカにしたような言葉で、反抗的と括り、意見を聞いてもくれません。

ゆとりだから

それどころか彼らの評価を下げて、仕事を与えない、などパワハラに走る年配者もたくさんいらっしゃいます。

その光景を筆者もたくさん見てきましたし、だからこそ、

『意見として反論を述べることはあるかもしれないが、思っていることは何でも言いなさい!!』

と、若者たちに、常に考えさせ、例え正しくなかったとしても意見を言わせてきました。

当然、彼らはミスもたくさんやらかしますし、時折、独りよがりな意見をいうこともあります。

しかし、それはゆとりではなく、いろんなことを知らないだけで、誰しもが通る道をただ通っているにすぎません。

私達年配者は、しっかり若者たちの意見を聞きながら、自分の意見と対決させ、相手を納得させながら指導しなければいけないと思います。

当然、権力の振りかざしは、若者たちが納得できるわけがありませんし、一つの考え方として苦言することはあっても、若者たちの意見を真っ向から全否定するのはNGです。

そして、あえて失敗させ、どこがミスだったのか考えさせながら、いろんな経験を積ませ指導していくのが、本来あるべき姿のはずです。

筆者も、正直自分一人で仕事していたほうが楽ではありました。

しかし、それでは若者たちが伸びていかないと考えていましたし、ゆとり世代と揶揄して切り捨てるのは、なにか違うと考えていましたから、彼らのミスをフォローし、責任を取りながら、一方で、何かにつけて自分で考え、ミスを恐れず果敢に挑戦させ続けてきたことで、職場に活気を与え続けてきたと自負しています。

事実、結果として、若者たちからの信頼も得られ、お客さま(クライアント)からの評判もう上々となりました。

ただ、一部の上司はいい顔をせず、『良い格好しい』と揶揄して、さらに、出る杭は打てという感じで、筆者のことを…

と、その話はおいておいて、ゆとり世代といわれる彼らが一体何をしたというのでしょうか?

彼らは時代に振り回され、それでも必死に今を生きています。

確かに若者の中には、身勝手な事件に走るものもいますが、それは若者に限った話ではありません。

どの世代にもいますし、それだけで差別的な目で見ることが間違いだと筆者は強い憤りを感じています。

さて、この2016春放送のドラマ『ゆとりですがなにか』は、協調性や野心・競争意識について考え方・価値観が異なる若者たちに対して、『ゆとり世代』と差別してしまう今の風潮にメスを入れつつ、一方で彼らの生き方をコミカルに描いたドラマです。

これだけゆとり世代と揶揄され、時代に振り回され続けてきた彼らが、いろんな葛藤や苦悩を抱えながらも、強く生きようとする姿を、時にコミカルに、時に共感できるドラマとして描かれているのでしょう。

その部分が『ゆとりですがなにか』の最大の見どころだと筆者も感じています。

とくにどこか投げやりになってしまっている、ゆとり世代と揶揄され続けている若者たちに見ていただきたいドラマといえますね。

この『ゆとりですがなにか』のドラマ放送は、2016年4月17日(日)22:30に日テレ系にて放送スタート。

ゆとり世代問題に鋭くメスを入れた社会派人間ドラマとなっているので、皆さん是非一度御覧ください。

 

ドラマ『ゆとりですがなにか』のストーリーあらすじ

ゆとりですがなにか

ゆとりですがなにか

何かにつけて今の大人(年配者)達が、今の若者達を『ゆとり世代』とする風潮には、そのまま、今の若者達の覇気をも奪ってしまう…

それは、筆者自身も肌で感じたすごく強い違和感であり、この世の寂しさをどこか感じてしまいます。

あくまでその考えは筆者個人の考えであり、他の人も全く同じということでは無いと思います。

しかし、少なくとも、なんでも『ゆとり世代』と一括りにして片付けることが良いと思っている人は、ごく一部の限られた人たちだけではないでしょうか。

若い世代の人たちは、ゆとりと一括りにされて憤りを感じている部分もあるでしょうし、逆に年配者としては、『ゆとりですがなにか』と投げやりな態度を取る若者たちを見て、寂しさを感じていることでしょう。

実際にこのドラマ『ゆとりですがなにか』を企画した制作班の多くは、今のゆとり世代において、寂しさを感じている人が多いようです。

それだけ、権力優先主義で、若い世代や権力のないものほど、意見の言えない世の中になってしまったということなのでしょう。

さて、今回のドラマ『ゆとりですがなにか』は、先ほどからお話ししている通り、そんなゆとり世代に焦点を当てて、ゆとり世代と揶揄される問題にメスを入れつつ、苦しみや葛藤を抱きながら生きる若者たちの姿をコミカルに描いたドラマとなっています。

では、早速ドラマ『ゆとりですがなにか』のストーリーあらすじをご紹介していきますね。


 

2002年の教育改正以来、完全週5日制、授業内容の削減、授業数の縮小、そして、絶対評価の導入など、目的や理由はあったものの、政府の教育方針の変更によって、高校・大学受験や就職活動など、様々な面で、不利に見舞われ苦しんできたゆとり世代達…

それでも、多くは必死に前を向いて生きてきましたが、残業や飲み会を断るだけでも、何かと『協調性がない』、『野心がない』、『競争意識がない』など、『ゆとり世代だから…』として揶揄され、ついには心が折れ、疲れていく人も…

そんな、ゆとり第1世代の一人である、1987年生まれの今年29歳の人々がここにも…

食品メーカー『みんみんホールディングス』に会社員として勤務する、ゆとり第1世代の一人、坂間正和(役:岡田将生)は、これまで出世とは縁遠く、度々企画開発部や営業、工場担当など転々とした人生を歩んできました。

岡田将生

岡田将生

そして、今度は系列である居酒屋チェーン『鳥の民』への出向を命じられ、指示に従い出向に応じるか、辞職覚悟で断るか。

人生の帰路に立ち、悩み彷徨う日々を送っていたのです。

ある日、派遣サービス『レンタルおじさん』麻生厳(役:吉田鋼太郎)に、出向に関する愚痴をこぼしていた時に、常連客の一人で、小学校の教師をしている山路一豊(役:松坂桃李)と出会います。

後日、正和は山路と飲み合う仲として意気投合し、そのまま客引きの男である道上まりぶ(役:柳楽優弥)に誘われるまま、とあるバーに入っていきますが、高額な料金を請求され…


 

以上が、ドラマ『ゆとりですがなにか』の簡単なストーリーあらすじとなっています。

人種差別はダメだとか言いながらも、何かと『ゆとり世代』と言って差別している現代社会…

その風潮にメスを入れながらも、一方ではその厳しい世の中に振り回され、疲弊しながらも必死に生きようとしている若者たちの姿がコミカルに描かれています。

ドラマ『半沢直樹』の時のように、ある種、若者から共感を得られるドラマとして支持されるかも・・・

そんな可能性を感じるドラマなので、是非、みなさんもご覧下さいね。

 

『ゆとりですがなにか』のドラマ脚本・主題歌は?

ゆとりですがなにか

ドラマを観たいと感じる要素として、キャストやドラマそのもののテーマも重要ですが、やはり、脚本・主題歌は欠かせない要素ですよね。

脚本がひどければ、ストーリーに直結してつまらないとなっていきますし、主題歌が他愛もなければ、いつの間にか忘れられてしまうなんてことも…

逆に、ドラマの脚本が凄ければ、原作に頼ること無く珠玉の名作を手掛けることも出来ますし、主題歌が凄ければ、何かと耳に残りドラマが定着していくことも良くあります。

では、そんなドラマで重要視されている脚本・主題歌を見ていきましょう。

まず、このドラマ『ゆとりですがなにか』の脚本は、映画『舞妓Haaaan!!!』や、NHK朝ドラ『あまちゃん』などの脚本手がけた、脚本家・宮藤官九郎さんが手がけられます。

宮藤官九郎さんの脚本といえば、大抵はコメディーの要素が強い個性的な脚本が多いですよね。

そんな宮藤官九郎さんですが、実は、ゆとり世代という風潮と、

『自分ゆとりなんで』

と発する若者を前に、どこかシャッターを降ろされ、心を閉ざされ突き放された寂しさを、感じていらっしゃるそうです。

あまりにも差別的で若者たちに優しくない社会ですから、人間不信になって突き放したくなる気持ちになったり、投げやりな態度になる若者たちの気持ちはよく分かります。

もちろんすべてがそうだというわけではありませんが、これは年配者が招いただと筆者は考えています。

まぁ、宮藤さん自身、筆者のような心象は持っていないとしても、やはり、自分たちの年配者達の世代が、若者たちに必要とされていない寂しさを感じていらっしゃるのではないでしょうか。

彼の言う『寂しさ』という言葉には、そんな意味合いが含まれているのだと感じました。

そのような気持ちを持った宮藤さんだからこそ、あえて『ゆとりですがなにか』という社会派ドラマに挑戦し、その上でコメディードラマを手がけ、若者たちと共感し合おうとしているように思います。

大ヒットドラマ『半沢直樹』は、パワハラなどに苦しむサラリーマンたちに向けて、勧善懲悪のドラマとして共感を得られ、大ヒットしました。

今回のドラマ『ゆとりですがなにか』は、『半沢直樹』と脚本・原作も違えば、ドラマのテーマも大きく異なります。

ただひとつ、今の社会に対して、一部の人達に共感を得られるようなドラマであることは共通していると思います。

ゆとり世代だからこそ思うことはたくさんあることでしょう。

そして、本当は声を大にして言いたいけど、なかなかいろんなしがらみがあって、意見を言えないもどかしさや苦しさを、このドラマ『ゆとりですがなにか』を通じてメッセージとして多くの視聴者に投げかけ、そしてゆとり世代の若者たちに共感を得られるドラマとして描かれていくことを期待しています。

さて、最後に、このドラマ『ゆとりですがなにか』の主題歌についてご紹介いたします。

ドラマ『ゆとりですがなにか』の主題歌は、2013年に結成された若手ロックバンド『感覚ピエロ』『拝啓、いつかの君へ』に決まりました。

『感覚ピエロ』の楽曲は、ロックバンドのスタンダードというべきなのか、強烈なインパクトとメッセージを伝えるダンサブルな激しいノリの音楽という印象で、この『拝啓、いつかの君へ』もかなり激しさを感じます。

はっきり言って申し訳ありませんが、彼らの楽曲は好き嫌いがはっきり分かれ、バラード系が好きな人には不向きだと思います。

しかし、心理描写を読むこと無く、ストレートに伝わる歌詞や曲調なので、聴いていて清々しさも感じますし、魂の叫び的な部分も感じられます。

今回のドラマ『ゆとりですがなにか』の主題歌を手掛けるには、ある種、最高の若手アーティストではないかと思いますよ。

ドラマの世界観を伝えるには、主題歌も重要な要素なので、是非、彼らの魂がこもったドラマ主題歌を聞きながら、一方でドラマのストーリーや世界観を楽しんでみてくださいね。

 

まとめ

ドラマ『ゆとりですがなにか』は、『ゆとり世代』と年配者が、若者たちを否定的に差別化してしまったために、両者の間に不信感という亀裂が生じ、どこか閉鎖的な世の中になりつつある、寂しい現代社会に対してメスを入れる社会派ドラマです。

ただし、『ゆとりですがなにか』に重苦しい印象はどこにもなく、若者たちが、ゆとり世代と揶揄されながらも、いろんなことに悩み葛藤しながら生きていく姿をコメディータッチで共感を得られるようなストーリーとして手がけられています。

脚本・宮藤官九郎、主題歌・感覚ピエロ『拝啓、いつかの君へ』もドラマに大きく彩りを与えてくれていますので、きっと『ゆとりですがなにか』が面白いドラマになっていると思います。

是非、本放送を楽しんでみてくださいね!

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