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AKBなどのオタクとファンの違いとは?ヲタが嫌われる理由を考察!

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あえて違いを言うならば、想いの深さが違う程度のことしか言えません。

それなのに、なぜここまでヲタが一方的に忌み嫌われていくのか…。

それも、情報・報道番組のキャスターやコメンテーターを務め、日頃から真実を追い求めているとか言っている人たちが、この真実に目を背け、

オタクを何か気でも狂っているかのような人物

という見方をしているわけですから、実に不思議な話です。

 

そもそもオタクってどのように生まれたの?

オタク(または、ヲタ)と呼ばれる人たちは、何もAKB48などの国民的アイドルファンだけに限られた話ではありません。

ワンピースなどの人気アニメをこよなく愛するアニメオタクもいれば、鉄道に精通した鉄道オタクもいるわけです。

このように、様々なジャンルに精通したオタクがいます。

かの天才エジソンも、一つ見方を変えれば、発明オタクというか、質問することに取り憑かれてしまったオタクという見方だってできるわけです。

では、オタクとはどのようにして生まれたのでしょうか?

 

この『オタク』という言葉は、テレビドラマ『0011ナポレオンソロ』で、Uncleのエージェントの一人

イリヤ・クリアキンが、相棒のナポレオン・ソロに対して「オタクは…」と呼びかけていたこと

から広まっていった、とされています。

元々、このオタクのルーツは、1970年代後半に訪れたアニメブームに大きく由来しているようです。

というのも、そもそも

「アニメは子供が見るもの」

という偏見が当時の大人たちの間で蔓延していました。

大人になってもアニメを観たり漫画を読んだりすることは狂っている

とみなされていたところから、オタクという文化が生まれてしまいました。

しかも、一部の文化人が、報道番組などで面白おかしく彼らのことを取り上げ、オタクと揶揄して理解不能とすら批判したわけです。

今でこそオタク文化は根付いていますが、当時の考えとしては完全なるメディアが生んだ差別用語だったのです。

もちろん、オタクと揶揄していた本人たちは、悪気があったわけではないのかもしれません。

しかし、差別されてしまった人たちはどれだけ傷ついたことか…。

筆者は、まだこのオタク文化が登場しはじめた頃は子供でした。

ただ幼いながらに、こんな大人にはなりたくないと感じていましたね。

良くも悪くも、この大きな偏見が他のジャンルでも定着してしまって、

オタク=狂人扱いされる時代

が訪れてしまうのです。

  • アイドルに熱狂的にハマってしまう人を理解不能と批判してみたり、
  • 鉄道の写真やアナウンス音・ドアの開閉音などにハマっていったり、
  • IT・コンピューターに精通し部屋にこもり、プログラムばかりに携わっていたり、

これらは、どんどんエスカレートしていく…。

そして、いつしか大衆文化と言うよりは、全ての文化・文明に対して、より精通したマニアックな人達を、人はオタクと呼ぶようになったのです。

熱狂的ファンといえば聞こえは良いですが、結局オタクとして差別的にひとくくりにしてしまっているわけです。

このことが巨悪の根源とも言えるのだと筆者は考えています。

ただ一方で、熱狂的にハマりすぎてしまい、その結果、人生の全てを注ぎ込むがために身を滅ぼしてしまう人も中にはいます。

一種の依存症とも言えますが、中にはこの依存症から抜け出すことができず、多額の借金を抱えたり、ストーカーなどの事件を引き起こす者もいます。

無名ながらもアイドルとして活動している若き女性が、ストーカー被害の末に命を奪われた事件も過去にいくつかありましたよね。

命を奪われるまでには至っていなかったとしても、乱暴された過去を持つ元アイドルもいます。

借金苦の末に強盗・窃盗などを引き起こす事件があったという話も、ニュースなどで耳にします。

ちなみにAKB48襲撃事件に関しては、全くオタクと関係ありません。

犯人は、全くAKB48のことを知らない人物なのです。

たまたま会場に多くの人が集まるために、誰でも良いから命を奪ってやりたいと思い、行動を起こしたに過ぎなかったと言われています。

ただ、事件が報道された当時、オタクによる事件として報道されたこともあり、ますますオタクは肩身の狭い思いをすることになった印象も伺えます。

このように、身を滅ぼしながら、他者まで巻き込んで犯罪という大迷惑な行動を起こす者がいるため、

全く関係ない、ただの熱狂的ファンがオタク

と称され批判的に見られてしまうのでしょう。

ただの熱狂的ファンなのに『オタク』と差別化されてしまうため、肩身の狭い思いをしていくのは、一つの文化であるといえばそれまでです。

とはいえ、なんとも言えないものを感じてしまいますね。

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ヲタが差別化され嫌われる理由はメディアの責任

偏見からオタク文化が生まれ、一部では文化というより差別的な見方で嫌っている人も増え、まさにメディアが洗脳した世界とも言えるでしょう。

では、なぜメディアによって「ヲタ」と呼ばれるようになった、一部の熱狂的ファン達が、嫌われる存在として定着してしまったのでしょうか?

それは、

一部の犯罪者たちの狂的な気質と、熱狂的にファンとして対象物を純粋に愛する人たちを、完全に一括りにして差別

してしまい、批判の対象として叩きながら、面白おかしく取り上げたメディア・マスコミの責任だと考えています。

しかも、メディア・マスコミのやることはジャーナリズムと言いながら、いい加減で、悪質極まりない言動が多々見られます。

確かに、アイドルストーカー事件や幼女誘拐事件など、一部の悪質な事件を引き起こしている人間の気質は、かなり狂気に満ち溢れています。

しかし、それと純粋にアイドルや鉄道・アニメなどを愛し、ハマっている人たちの気質とは全く異なります。

熱狂的にアイドルを応援していたからといって、それが狂気的な愛と決めつけてよいわけがありません。

狂気的な愛に変貌し事件を犯してしまうのは、完全にオタクの領域を超えています。

それをジャーナリズムと自称しているマスメディアが、一つのものとして固定してしまい、その結果として彼ら

狂気的な犯罪に走ってしまった人たちのことを、さもヲタの責任

と押し付けてしまっているのは、あまりにも理不尽な話です。

実際に、筆者が観ていた某報道番組のMCを務めていた人物(あえてその人物の名は伏せますが…)は、ヲタを理解せず、

人間失格者のような扱い

をしていました。

まさに筆者にとって衝撃映像で、

「こんな差別しかできないMCをしているタレントは、一刻も早くテレビの世界から消えるべき!!」

と、強い憤りさえ覚えました。

かつて浦和レッズが人種差別問題を引き起こし、無観客試合までしていたにも関わらず、この手の差別的批判は日に日に強まっています。

まぁ、メディアとして、ヲタだから事件を起こしたとして報道すれば、それが事実かどうかは別として、わかりやすく視聴者に伝わるでしょう。

それに面白みを増すという側面があることはわかります。

しかし、それはメディア側の勝手な都合でしかありません。

他の何の罪もない熱狂的ファンの中の一部が、

ヲタとひとくくりにされて差別され、忌み嫌われてしまっている

のは、まさにメディアの都合によって生み出された事実なのです。

世の中には、その道に精通したプロフェッショナルが必ず存在し、その人達がそれぞれの道で活躍しているからこそ、今の世の中は成り立っています。


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