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把瑠都が相撲を引退した2つの理由は怪我と性格?現在は格闘家に!

更新日

角界入門から、瞬く間に十両に昇進し、元大関の小錦さんに並ぶ、史上3位タイの記録となるスピード出世の記録を持つ元大関の把瑠都さん。

外国人力士でありながらも、モンゴル人力士とは異なる白人の外国人力士の登場として、誰もが綱取りに挑む把瑠都さんに期待を寄せ、注目していました。

しかし、十両昇進以降は、度重なる怪我などのアクシデントに見まわれ、把瑠都さんは不遇の力士人生を歩まれているようです。

そして、2013年9月場所前に、惜しまれながら把瑠都さんの引退となりましたが、その理由は、やはり怪我だったのでしょうか?

また現在、把瑠都さんが格闘技の世界にも進出されていらっしゃるそうですが、その背景に何があるのか?

現在の把瑠都さんの動向も含めて、本記事でその裏側を探ります!

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エストニアが生んだ角界のスター・把瑠都

把瑠都2

大相撲といえば、日本の国技ですが、決して日本人だけが力士として相撲を取っているわけではなく、外国人力士からも数々の横綱が誕生しました。

アメリカのハワイ出身力士では、曙さん、武蔵丸さんの2人、モンゴルからは、朝青龍さん、白鵬関、日馬富士関、鶴竜関の4人が、横綱として活躍されています。

現在横綱として残っているのは、白鵬関、日馬富士関、鶴竜関の3人だけですが、いずれも横綱として活躍中なので、昔、物珍しく見られていた外国人力士も、今では堂々と相撲を取られている、といった印象も強くなってきましたね。

それも、先代東関親方(高見山関)や小錦さんが、外国人力士として三役(高見山関:関脇、小錦さん:大関)に入り、大相撲に外国人力士の活躍する場所を切り開いてくれたことが大きかったと、今でも強く思います。

そんな中、小錦さんに並ぶ歴代3位タイのスピード出世で十両に昇進した、元大関把瑠都さんが、エストニア出身の外国人力士として、大注目を受けたことがありましたね。

当時の人気ぶりは、相撲を全く知らない筆者でも、あちこちで名前を聞くほどの人気ぶりで、スピード出世で十両に昇進したことは、想像以上に凄いことだったのだと思います。

当然、十両昇進後も、さらなる昇進と綱取りを期待され続けてきた把瑠都さんでしたが、十両昇進以降は、怪我に苦しみ、なかなか思うような相撲が取れなかったようですね。

その1つのきっかけとなってしまったのが、2005年11月場所開幕直後に罹った虫垂炎でした。

それまでの把瑠都さんは、十両に昇進し、初めて迎えた2005年9月場所でも12–3と大きく勝ち越し、西十両四枚目まで一気に突き進んでいました。

次は入幕を狙える位置にいたのですが、11月場所でまさかの虫垂炎というハプニングに見舞われ、把瑠都さんはあえなく休場。

もし、虫垂炎に罹っていなかったら、おそらく、史上最速の前相撲から所要10場所での新入幕となっていたのでは?と言われるほどでしたし、きっと、把瑠都さんも相当悔しい思いをされていたのではないでしょうか。

ただ、把瑠都さんが凄いのは、そんなアクシデントに見舞われ、身体が思うように動かず、ほとんど相撲を取れる状況でなかったにも関わらず、結果を出して1場所で十両に復帰したのですから、本当にその根性には脱帽させられますね。

残念ながら、把瑠都さんは綱取り前に引退してしまいましたし、場所中は絶えず怪我との格闘をしていた印象も強く、十両昇進後はなかなか思うような相撲が取れていなかったようにも思います。

ただ、怪我と格闘しながら、大関まで上り詰めたその気力は、母国エストニアに誇れるものでもあり、世間で、把瑠都さんのことを

『エストニアが生んだ角界のスター』

と呼ぶようになった1つの理由といってもいいでしょうね。

 

把瑠都が相撲を引退した理由原因は?

土俵

度重なる怪我に苦しみ、一時は十両まで陥落してしまった把瑠都さんが、その十両に陥落した2013年9月場所を前に引退。

把瑠都さんが怪我によって苦しんだのは事実でしたが、周囲はまだやれると引き止めていたそうです。

把瑠都さんのファンも怪我に負けずにまた復活してくれると、把瑠都さんの活躍を心待ちにしながら応援し続けていたのですが、その声虚しく引退に至ってしまいました。

さて、把瑠都さんの相撲の引退理由ですが、おそらく、彼の相撲のスタイルを貫いた故の怪我と、勝負師としては致命的な優しすぎる性格が、彼を引退に追い込んだ大きな2つの理由ではないか?と、大相撲の関係筋では言われているそうです。

では、もう少し掘り下げて、把瑠都さんの大相撲を引退した2つの理由を見ていきたいと思います。

把瑠都の引退理由1 相撲スタイルが招いた怪我の悪化

把瑠都さんは、身長198cm、体重189kgという恵まれた体格と上半身の力の強さを活かし、相手の懐に深く潜りこみながら、相手力士を振り回す相撲を取ってきたそうです。

小錦さんや曙さんのようにパワー全開で、強引に力押しする力士は数多くいらっしゃいましたが、懐に入り込んで力押しするタイプの力士は少なく、このスタイルは、把瑠都さんにしか出来ない芸当だったようです。

しかし、強引に相手の懐に潜り込んで全身の力を使って相手力士を振り回し続けたことで、に負担がかかり、それが怪我の大きな原因に繋がったのではないかと言われています。

もちろん、直接の怪我の原因は、把瑠都さんにしかわからず、なんとも言えない部分もありますが、どこか相撲のスタイルとして無理しすぎてしまったところはあったのかもしれません。

ただ、多少無理をしてでも勝負に拘る姿勢がなければ、とてもスピード昇進なんて出来る訳ありませんし、それはある種、仕方のないことなのだと思います。

競技は異なりますが、野球においても、投手が、幼いころにたくさんの変化球を覚え、それらを連投し続けていくと、肘や肩を悪くしてしまい、野球選手としての生命を縮めてしまう事となるという話を耳にします。

それでも、時と場合によっては、試合に勝つために、あえて無理をして変化球を多投しなければならないケースもあるでしょう。

把瑠都さんの膝の酷使は、野球のそれと似ているような気がします。

そして、無理をしすぎてしまったために怪我が重なり、思うような結果を得られず引退に陥ってしまったのだとしたら、かなりもったいない話ですよね。

ただ、把瑠都さんは筋を通すタイプの性格でもあるそうなので、自分がこだわった相撲の取り組み方は、例え損をするような取り組み方であっても、貫いていかれたのだと思います。

把瑠都さんは要領が良いタイプではなく、愚直で不器用なところがあったために、膝を怪我しないようコントロールすることもできず、結果、怪我を繰り返してしまったということなのでしょうね。

把瑠都の引退理由2 勝負師としては優しすぎたため

把瑠都さんのイメージは、笑顔が似合う優しい人だと、誰もが声を揃えて話すことだろうと思います。

把瑠都さんの笑顔が象徴するかのように、彼は実に優しい性格で、力士のような勝負師には向いていないのでは?という評価も受けているそうです。

これは、とある相撲関係者の話ですが、実は、把瑠都さんは一時期、無気力相撲をしてしまい、親方からも厳重注意を受けたことがあるそうです。

もちろん、いい加減な気持ちで相撲を取っていたわけではなかったと思いますが、どうしても優しすぎる一面が出てしまい、相撲の勝負に徹しきれずにいた時期があったのではないかと言われています。

大横綱の白鵬関ですら、勝負にこだわりすぎて、猫騙しやダメ押しまでしてしまい、物議を生んだこともあるほど厳しい世界なのに、勝つためのずる賢いことをするわけでもなく、自分の相撲をまともに取っていた把瑠都さんには、不向きと見られても仕方ないかもしれません。

ただ、そういった正直で優しい把瑠都さんだからこそ、多くのファンが彼を支持し続けていたのだと思います。

残念ながら、その裏では、怪我を繰り返してしまうこととなってしまい、力士生命が短くしてしまったわけですが。

そういった背景があって、把瑠都さんは横綱になることが出来ず、十両に落ちたところで限界を感じ、引退を表明したのでしょうね。

相撲の関係者は、把瑠都さんが本気を出したら、横綱・白鵬関ですら敵わない、と言っても大げさでないほど、かなり強い力士として角界を賑わせていたはずだと言っています。

それだけに、非常に残念な気持ちもありますが、それも把瑠都さんらしさの表れなのかもしれませんね。

 

把瑠都の現在は格闘家デビュー?

把瑠都

把瑠都さんの現在といえば、エストニアで農業経営しているはずだと思い込んでいるファンも少なくなく、中には、

『怪我して引退したはずなのに、格闘技して大丈夫なの?』

と心配する声もあるそうです。

しかし、把瑠都さんは既に角界を引退して2年が経過しています。

その頃に来た格闘技のオファーで、膝も治っていたため、把瑠都さんはピーター・アーツさんたちとトレーニングを経ながら格闘家デビューしたみたいですね。

ちなみに、把瑠都さんにオファーが来たのは、高田延彦さんが統括本部長を務める『RIZIN』(ライジン)。

しかも、把瑠都さんと一緒にトレーニングしたピーター・アーツさんが対戦相手だと言うのだから驚きですよね。

もちろん、国際大会と言った真剣勝負とは異なり、ファンに向けた交流試合のようなもので、ちょっとしたスペシャルマッチとして把瑠都さんがオファーを受けているため、ピーター・アーツさんも一緒にトレーニングしてくれていたのだと思います。

引退した頃から、酷使は出来なかったにしろ、結構身体が動いていたという把瑠都さんは、トレーニングの成果も実り、判定でピーター・アーツさんに勝利!

その後、格闘家として試合をしたことは無く、ただ1度だけの試合出場となっていますが、ただ、その事を1つのきっかけとして、把瑠都さんはタレントとして活動し始め、現在オフィス北野に所属しているとのことです。

把瑠都さんは、大相撲の力士としては優しすぎたために、横綱になることは出来ませんでした。

しかしその分、ファンからの支持は高く、タレントとして十分魅力的な方ですから、今後もタレントとして、また一方では実業家として、把瑠都さんが多彩な一面を見せながら成功されていくことでしょう。

それだけ、筆者としては、把瑠都さんの活躍を期待していたいですね!

 

まとめ

元大関の把瑠都さんが、2013年9月場所を前に引退した理由としては、膝を酷使してしまう相撲の取り組みであったにもかかわらず、自分のスタイルを曲げること無く、愚直に取り組みを行っていたことと、勝利に徹しきれない優しさが、理由として挙げられる模様。

しかし、把瑠都さんの身体能力のポテンシャルは高く、引退後も格闘家としてデビューしたり、さらに人柄もよく、タレント・実業家としても成功を収めています。

そこには、笑顔が似合う優しさと、人を引き付ける魅力を持っていたことが、大きく影響していたのではないでしょうか?

今後も、把瑠都さんには、多方面での活躍を期待しています!

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