宮沢セイラの乃木坂46卒業理由とは?ハーフ疑惑で両親を大調査!

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「インフルエンサー」、「逃げ水」など、現在も次々ヒットソングをリリースし、王道アイドルグループとして人気を博している乃木坂46。

秋元真夏さん、生田絵梨花さん、西野七瀬さんなど、数多くのメンバーが、グラビア・バラエティ・歌で大活躍されていますよね。

その勢いはAKB48を凌駕するくらいの勢いにも見えるのですが、その一方でグループを去るものもしばしばいます。

現在、モデルとして活動されている宮沢セイラさんもその一人…

そこで、本記事では、宮沢セイラさんの乃木坂46卒業理由や、また一部で言われているハーフという疑問や両親についても探っていきます。

 

乃木坂46を卒業した宮沢セイラとは?

恋愛禁止だったり、学業との両立が困難を極めたりと、プライベートでも何かと厳しいアイドルたち…

当然ながら、普通の女の子になりたいと芸能界を引退されるアイドルたちもいらっしゃいますよね。

先日も、ももクロの有安杏果さんが、グループ卒業&芸能界引退したばかり…

なんとも寂しい話ですが、これも一つの時代の流れでしょう。

さて、そんな移り変わりの激しいアイドル事情の中で、かつて乃木坂46のメンバーとして活躍していたのが宮沢セイラさん。

現在、彼女はモデルとして活躍されていらっしゃいますが、そもそも彼女はどんな人物なのでしょうか?

何故、乃木坂に入ったのかという部分も含めて、いろいろ気になる要素も多いかと思います。

では、早速、彼女の経歴・プロフィールから見ていきましょう。

宮沢セイラさんは、1993年10月29日千葉県出身の24歳。

本名は宮澤成良で、乃木坂46時代は、本名で活動されていましたので、こちらの名の方が馴染みがあるファンも多いかもしれません。

兄は、かつてFC東京の下部組織にも在籍していたこともあるサッカー選手の宮澤勇樹選手。

ちなみに、宮澤勇樹選手は現在ドイツ4部リーグのTuSエルンテブリュックに所属しているそうです。

プロのスポーツ選手を兄に持つ彼女は、サッカーと直接関わりがあるわけではありませんが、別のジャンルで凄い才能を持った女性でした。

というのも、彼女は3歳の頃からクラシック・バレエを嗜んでいて、高校1年(15歳)の頃に、モナコからオファーも来ていたというのです。

そのオファーを受けて、王立プリンセス・グレース・クラシックダンス・アカデミーへ単身1年留学…

サッカー界で兄が活躍しているように、彼女は、バレエ界で将来のトップダンサーを期待されていたというわけ…

しかし、留学中にあるアクシデントが勃発します。

不慮の事故が起こってしまったのか、左足首を痛め三角骨摘出手術を受けざるを得ない状況に陥り、完全なるドクターストップ…

当然、バレエダンサーとしての道は途絶え、留学も途中で帰国することになってしまった彼女は失意のどん底…

それもそのはず…

彼女は、青春の全てをバレエに賭けてきたと言ってもいいくらい、一生懸命がんばり続けてきたわけですから、心が折れてもおかしくはありません。

学校も行っていましたし、両親とも普通に会話はしていましたが、どこかふさぎがちで引きこもっていたという宮沢セイラさん。

やはり両親は、彼女が目標を見失ってしまったことを心配されていたそうです。

そして、そんなセイラさんを見かねた母が、乃木坂46の第1期オーディションに、彼女の名前で応募したのです。

よくジャニーズ事務所所属のタレントたちが、家族が勝手に応募したと、ジャニーズ事務所に入るきっかけを語っていますよね。

まさにそれなんですよね。

本人は、全くアイドルになる気は微塵もなく、親が勝手に応募したことでしたが、そのことが、次の目標を与え、彼女はまた元気を取り戻します。

そして、ギリギリのところで乃木坂46のオーディションを通過し、無事メンバー入りを果たすのです。

バレエダンサーとは異なる道ではありましたが、アイドルとしてようやく一筋の光が見え始めた宮沢セイラさん…

2ndシングル「おいでジャンプー」では、なんと選抜入りも果たし2013年のGirls Awardでは、乃木坂46として出演も果たします。

この劇的な変化の中、彼女は輝きを取り戻しますが、今度はモデルとして活躍を誓い、2013年11月12日、乃木坂46を卒業すると発表。

当然、彼女のファンは衝撃を受けますが、本当にやりたいことが見つかり、目標に向って前に進む彼女の背中を押してくれました。

そして、現在、モデル・タレントとして、芸能活動を続けているわけです。

以上ざっくりとした、宮沢セイラさんのプロフィールですが、いい縁にも恵まれた女性だということが改めて分かります。

バレエダンサーとして彼女の才能を見つけたモナコの関係者たち、乃木坂46のオーディションに応募した母親など…

彼女のことをちゃんと見ている人がいたからこそ、宮沢セイラさんの今があるんでしょうね。

アイドルを卒業し、モデル・歌手・タレント・女優とそれぞれの道を歩んでいる人はたくさんいらっしゃいます。

現在、宮沢さんは、タレントIMARUさんが立ち上げた芸能事務所「Little Tokyo Production」に所属。

もともと、この事務所は、IMARUさんの個人事務所として設立した芸能事務所なので、他の所属タレントは数名と少数精鋭…

まだまだこれからの芸能事務所なので、宮沢セイラさんも、貴重な戦力として、多くのメディアで活躍できるよう頑張って欲しいところです。

そして、自身としても、モデル・タレントとしてどんどん成長していって、また違った部分で乃木坂の面々と共演する日が来ることを期待しています。

 

宮沢セイラが乃木坂46を卒業した理由

宮沢セイラさんが、乃木坂46の第1期メンバーだったことは、先ほどお話した通りですが、何故、わずか2年で彼女は乃木坂46を卒業したのか…

一応、名目上の理由としては、Girls Awardに出演したことを機に、モデルとしての夢に目覚めたからと言われています。

もちろん、そのことが要因の一つだったことは言うまでもない事実だとは思うのですが、それにしても2年で卒業とは早すぎます。

しかも、彼女の場合、芸能界デビューそのものが2011年スタートと乃木坂46での活動と同じタイミング…

普通なら、もう少し芸能界のことを学びながら知名度を上げた上で、次のモデルという目標に進んでいっておかしくないはずです。

ということは、どうしても他に話せない事情があったのではと勘ぐってしまうんですよね。

やはり、別に卒業する理由があり、そのため乃木坂46を卒業してしまったと思えて仕方ないのです。

そこで、宮沢セイラさんが、何故、乃木坂46を、たった2年で卒業してしまったのか、その理由を調べてみることにしました。

そこで見てきたことは、アイドルとしてのキャピキャピした華やかな世界は、どうしても水が合わなかったという話です。

実は、彼女は3歳の頃からバレエをしていたこともあり、スタイルもよくモデル体型でした。

身長も168cmあり、「おいでシャンプー」のPVなどを見ても、若干、身長が高い印象が伺えます。

当然、スタッフもそのことは熟知していて、彼女に対しては、黒木メイサさんのような

「クールビューティータイプのキャラ」

を作るように指示していたようです。

ただ、彼女は自分らしくあり続けたいと考えていたらしく、キャピキャピしたキャラはもちろん、クールビューティーですら戸惑っていた模様…

そして、キャラを作るということに絶えきれなくなり、気がついたら、玄関先で涙がこぼれ落ちるなんてことも起き始めていたんだとか…

要は、周りからのキャラ作りを求められすぎて、自分が何者かわからなくなりかけるほど、精神的に病んでしまっていたというのです。

とはいえ、これは、ネット上で得た話をベースに語っている話に過ぎません。

正直、どこまでが事実なのか明確なところは分かりませんが、少なくとも精神的に苦しんでいたことは間違いなさそうです。

もともと、バレリーナを目指していた彼女ですから、アイドルという舞台に対するギャップはかなり大きく感じていたのかもしれません。

あくまで次の目標として、前を向くきっかけになっただけの話で、アイドルを真剣に目指していたわけではありません。

それでも欅坂46のように、ある種、反骨精神を魅せるアイドルグループなら、彼女も馴染めたでしょう。

ただ、問題は、彼女が在籍していたのは、AKB48とはまた少し異なるタイプの王道アイドルグループ乃木坂46です。

全体的にかわいらしく、キングオブアイドルというような華やかなグループでは、どうしても彼女は浮いてしまいます。

一方、クールビューティーキャラを作れと指示されても、ありのままでいることとも異なり、それで浮いてしまったら目も当てられません。

アイドルとしての第二の人生を見つけたとしても、それが宮沢セイラさんに適しているかどうかは別問題だった…

きっとそういう一面があり、Girls Awardへの出演を機に、モデルとして再出発したいと乃木坂46の卒業を決めたのだと思われます。

そもそもバレエダンサーも個を重んじる部分が強いですよね。

モデルもどちらかというと、個を重んじるタイプの芸能の仕事です。

その点はアイドルと大きく異るところで、だからこそ、彼女も興味を持つことが出来たのかもしれません。

あくまで、推測の域を脱することは出来ませんが、やはり、アイドルという集団で一つの作品を作るグループは、不向きだったのかもしれませんね。

そして、何処かでバレエを諦めきれなかった自分がいて、そのことが乃木坂を卒業する最大の理由であったと筆者は推測しています。

残念ながら、宮沢セイラさんは乃木坂46を卒業してしまいましたが、モデルとして再出発し、現在も、芸能界で活躍し続けています。

将来はモデル・タレント・女優として、あらゆるシーンで活躍されていくと思いますので、今後の彼女の動向に注目していきたいものですね。

 

宮沢セイラの父親はあの有名人でハーフって本当?

宮沢セイラさんネット上ではハーフではないかと言われていますが、両親ともに現在は日本人なので、厳密に言うと異なります。

とはいえ、父方系の祖父がフランス人でクォーターで、彼女が生まれる年まで日本国籍を持っていなかったのは事実。

そのため、日本人の母とフランス国籍を持つ父親とのハーフと言われているのかもしれませんね。

ただ、現在は父親も日本に帰化されていますし、あくまで祖父がフランス人というクォーターというのが正しい表現です。

さて、そんな、宮沢セイラさんですが、実は、母親は一般人ですが、父親は、誰もが知る有名人です。

なんと彼女の父親は、元サッカー選手で、現在NHKのサッカー解説者としておなじみの宮澤ミシェルさん。

 

 

筆者の場合は、乃木坂46以上にサッカーファンなので、宮澤ミシェルさんはよく存じています。

宮澤ミシェルさんと言うと、どうしてもJリーグ元年(1993年)頃のジェフ市原(現:ジェフユナイテッド市原・千葉)の頃が思い出されます。

ポジションはDF(CB)で、一時は日本代表に選ばれたこともありましたよね。

ただ、その頃には足がボロボロで試合に出られる状況ではなく、出場辞退されていたので、日本代表としての出場機会は0に終わってしまいました。

現在はサッカー解説者として、サッカーを面白く伝えてくれています。

そんなミシェルさんも、父がフランス人、母が日本人のハーフ。

先程お話しした通り、当時はフランス国籍しか取得しておらず、1993年に帰化し日本人国籍を取得。

そしてその年に生まれたのがセイラさんでした。

それもドーハの悲劇が訪れたタイミングに生まれてきたというのですから、まさにビックリ…

当時、ミシェルさんが所属するジェフ市原のクラブハウスでも、かなり暗いムードが漂っていたそうです。

そこで、ミシェルさんは、同僚であるリトバルスキーさんにだけ、子供が生まれたことを伝えたんだとか…

そしたら、リトバルスキーさんから、

「こんなめでたいこと、早くみんなに伝えろ!!」

と言われ、円陣を組んだ際に報告したんだそうです。

そして、ドーハの悲劇で暗いムードだったチームの中で、少し明るいニュースがやってきて、みんなが笑顔に慣れたそうですよ。

まさに、セイラさんが生まれたことは、チームにとっても救いだったかもしれませんね。

そして時が流れ、彼女も大きく成長し、一人のタレントとして活動するようになりました。

時に、親子共演なんてケースもあり、筆者もたまたまある番組に親子共演されていた映像を観たのですが、実に仲良さそう…

それもそのはず…

ミシェルさん・セイラさん親子は、子供の時からずっと遊んでいたこともあって大の仲良しだというのです。

何でも、ミシェルさんは、宮沢家にとって弟のような存在として愛されているんだそうですよ。

なんでも元気よく話していらっしゃるところがかわいらしく、その辺のところは、テレビでの印象と全く変わりないんだとか…

やはり、幼い頃から一緒になって遊んでくれた思い出があるというのは、父としての印象が全く変わって見えるのかもしれませんね。

関根麻里・関根勤親子も、かなり仲が良いと言われていますが、関根さんも、娘の麻里さんと馬鹿みたいによく遊んでいたというエピソードを聞きます。

きっとセイラさんとミシェルさん親子も同じなのでしょうね。

父の威厳も時には必要ですが、怖いだけではただ嫌われるだけ…

時には、

「父の尊厳を失ってでも、子供をただ愛すること、そして子供からも愛されることが大切なのだ!!」

と、ミシェルさん・セイラさん親子を観てふと感じた次第です。

それにしてもミシェルさん親子は実に明るいですよね。

何やら、普段からもこんな感じで家族全体仲が良いなんて話もされていましたね。

おそらく、ミシェルさんが、宮澤家のムードメーカーとなってくれているのでしょう。

終始デレデレで娘のことを溺愛している様子が伺えるミシェルさん…

娘のセイラさんからもこれだけ慕われていて、父親としては本当に嬉しそうでした。

いずれは結婚し嫁がれることと思いますが、いつまでも親子仲良く周囲を笑顔にするような親子でい続けていてほしいと願っています。

そういえば、宮澤家の教育方針は、子どもたちにやりたいことを見つけさせ、その道を進ませてあげることにあると語っていましたね。

ようやく、父の願いどおり、自分がありのままで輝ける場所を見つけ歩き始めている宮沢セイラさん。

彼女が、今後も、その道をあるき続け、いつまでも自分らしさを追い求めながら輝き続けることを願っています。

 

まとめ

現在、モデル・タレントとして活躍されている宮沢セイラさんも、かつては乃木坂46に所属していたアイドルでした。

もともと、バレエの邁進していた彼女でしたが、怪我による挫折を味わう中で、やっと見つけた乃木坂46というステージ…

しかし、自分らしくあり続けることが出来ず、Girls Awardに出演したことを機にモデルとして輝くために乃木坂46を卒業。

仲の良い父・宮澤ミシェルさんも、やっと進むべき道が見つかり安心していることでしょう。

おじいさんがフランス人でクォーターの宮沢セイラさん。

そのことも生かしつつ、今後、ますます自分らしく多くのメディアを通じて活躍する姿を見せてほしいと期待しています。

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