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広島カープ設立のアメリカCIA日本人スパイ・ポダムの正体は誰?

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2016年のプロ野球セ・リーグは、広島東洋カープが25年ぶりのリーグ優勝を果たしました。

久しぶりの熱気に湧く広島の地。

また、原爆の被爆地という事で、2016年は、アメリカのオバマ大統領が訪れたというニュースもありましたね。

実は、アメリカに対する広島住民の感情というのは、そこまで恨みがあるというわけではなく、むしろ好意的なのだとか。

そして、アメリカと広島を繋いだ絆というのが、まさに2016年に旋風を巻き起こした広島カープにあるということはご存知でしょうか?

2006年に公開されるようになったアメリカの機密文書から判明したのですが、広島カープにはCIAのスパイだったポダムなる人物が関わっているそうです。

ポダムというCIAのスパイは、なんと野球ファンならば誰もが聞いたことのある人物だそうで、筆者も非常に驚きました。

当記事で、ポダムとは何者なのか?

そしてポダムと広島カープの関係について調べていきます!

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戦後の広島カープ設立の歴史!

広島 2016 スローガン

広島カープ設立には、あるCIAのスパイ・ポダムという人物が関わっているそうです。

そこで、まずは広島カープ設立に至る経緯からご紹介していきますね。

実は、戦前までは、日本では野球と言えば学生野球ぐらいで、プロ野球はそこまで盛り上がっていませんでした

むしろ、プロ野球選手はチンピラのやる職業として侮蔑される職業だったそうで、歴史的には『打撃の神様』、『赤バット』で親しまれた川上哲治さん、『青バット』の大下弘さん、『物干し竿』の藤村富美男さんらの登場を機に、やっとプロ野球人気が上昇した程度だったのです。

そして、王貞治さん、長嶋茂雄さんの『ONコンビ』が登場する辺りで、国民的人気スポーツへと成長を遂げていきました。

実は、プロ野球人気を上昇させることと、広島カープ設立は密接な関係にあります。

そう、いずれもかねてよりのGHQの思惑があったのです。

戦後、日本の占領政策を円滑に進めるため、日本に娯楽を与えようという事で行われたとされる『3S政策』の1つに、スポーツがあります。

そのスポーツの中に、

「広島にプロ野球球団を設立させる」

という最重要項目があったのです。

広島への反米感情を、野球というスポーツを通じて薄れさせようという意図があったのでしょう。

それが、GHQ、いや、アメリカ政府が重要視していたというのですから驚きですね。

そして、その広島へのプロ野球球団設立に大きくかかわったのが、米国国立公文書館で機密解除をされ、公開された外交文書によって存在が発覚した、

CIAのスパイであるポダム

だったのです。

まぁ、スパイというと大げさですが、いわゆるCIAと協力関係にあった人物、ということです。

この"ポダム"とはコードネーム名で、もちろん本名ではありません。

戦後のCIAというのは、諜報活動より、こういった占領政策について、アメリカの意向通りに事が進むために下っ端として働かされるような、雑な扱いだったみたいですね。

実際にCIAのホームページには様々な情報が公開されているので、英語が得意な方は読んでみると、歴史の一部を知ることができて楽しめるかと思いますよ。

そして、ポダムの尽力で1950年、広島カープが設立されました。

後援会の会長には、第68代、69代内閣総理大臣を務めた大平正芳さんが就任、そして名誉会長には第58代、第59代、第60代内閣総理大臣の池田勇人さんが就任し、強力なバックアップ体制を敷いたかに思われたのですが…。

広島カープは翌年の1951年、早くも資金難に陥り、早くも大洋との合併が決定してしまうのですが、なぜかその計画は白紙に。

確かに、大洋と合併して関東の球団になってしまうと、広島にプロ野球球団を作るというアメリカの目的が早くも頓挫してしまったことになるので、白紙になって当然だったとも言えます。

何しろ、スポーツ振興のためではなく、政治的意図があって広島カープが生まれたわけですからね。

その後はマツダ(当時の東洋工業)が株主となり、球団のオーナーに就任することで経営が安定してきた広島カープ。

マツダが経営危機に陥った時には、フォードが資本提携をしてサポート。

こうして、ポダムというCIAのスパイの尽力と、アメリカに支えられ、広島カープは今日まで続いているのです。

では、このCIAのスパイだったポダムとは、いったい何者なのでしょう?

 

アメリカCIAスパイ・ポダムの正体は?

ポダムというコードネームのCIAスパイ。

このポダムという人物が、広島カープ設立に尽力したということはわかりました。

では、ポダムとは、一体何者なのでしょう?

そこで調べてみることに…。

すると実は、プロ野球界においては非常に有名な人物だったことがわかりました。

それどころか、

政治的にも戦後日本に関わっており、テレビ業界にも関係、それどころか、日本の原発導入にも関わった人物

で、知らない人の方が少ない人物。

特に、CIAに協力するようになったのは、テレビ放送の導入、そして原発の導入で利害が一致したからだそうで、その際にポダムというコードネームを与えられたという事が、アメリカ国立公文書記録管理局によって公開された外交文書に記載されていたことが判明したのです。

野球においては大リーグ選抜チームを日本に招聘し、リーグ拡張路線を主張した人物と言えば、もうお気づきの方は多いのではないでしょうか?

そう、野球界に貢献した人物に与えられる賞の名前にもなっているプロ野球の父

正力松太郎さん

こそが、CIAのコードネーム・ポダムだったのです。

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正力松太郎さんは、読売新聞の社長を務めたこともあり、日本テレビの初代社長。

テレビ放送を普及させたことから、『テレビ放送の父』とも言われています。

また、日本初のノーベル賞受賞者・湯川秀樹博士らの慎重な意見も強引に押し切り、日本に原発の導入を推進したことから、『原発の父』とも言われていますね。

ただ、沢村栄治さんを最後まで面倒を見ると言いながら、使えなくなったと判断すると捨てたり、政府の圧力に屈してヴィクトル・スタルヒンさんを解雇したり、人権侵害を行いました…。

さらには、関東大震災の際には朝鮮人の暴動説を流布させ、朝鮮人狩りが横行する結果を招いたりと、あらゆる部門で

『○○の父』

と言われている功績の反面、悪行も数多く残していて、あまり評判はよくありません。

アメリカの犬と言われたり、正力松太郎で検索すると、サジェスト結果に、

『正力松太郎 クズ』

と出てきてしまうほど、現代では評価されていない人物でしょう。

しかし、ポダムこと正力松太郎のおかげでプロ野球が発展したのも事実です。

このあたりは、何とも複雑な心情ですね…。

また、当時は正力松太郎さんを世論誘導して総理大臣に、という動きもあったそうですが、さすがにそれは叶わなかったそうです。

そういえば、朝日新聞で権力を持ち、かつ吉田茂元首相の後に自由党総裁となった緒方竹虎さんも、CIAと協力関係にあったのだそうです。

やはり、戦後当時のメディアは、ほとんどアメリカの統制を受けていたというのは、事実と見て間違いないのでしょう。

 

まとめ

広島カープ設立において活躍したCIAのスパイ、コードネーム・ポダムは、なんと正力松太郎さんだったことが判明。

これはアメリカが公開した文書に書かれていた内容なのだとか。

それにしても、正力松太郎さんがCIAに協力していたとは驚きです。

正力松太郎さんというと、どちらかというと文化的な貢献の方が多いと思われがちですが、元は旧帝大出身で、戦前~戦後に政治的方面で活躍した人物だったわけです。

そう考えると、アメリカCIAとの関わりも納得がいきます。

しかも、利害の一致で協力したというわけですから…。

まさか広島カープ設立には、アメリカが関わっており、それに正力松太郎さんも関係していたというのは、とても面白い新事実でしたね。

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