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宇多田ヒカルの活動休止から復帰した理由!コンサートはいつ?

更新日

日本を代表する歌姫の一人として、多くのファンから絶大な支持を受け続けてきた歌手:宇多田ヒカルさん。

彼女のことを崇拝し、宇多田ヒカルものまねで芸能界進出したミラクルひかるさんを始め、今なお宇多田ヒカルさんのファンは多いですよね。

そんな宇多田ヒカルさんが、2010年8月9日に一旦芸能活動を休止し、『人間活動』に入られますが、2016年4月に芸能活動を再開(復帰)させます。

もちろん、ファンにとっては嬉しい話ですが、何故宇多田ヒカルさんは芸能界復帰されたのでしょうか。

また、次のコンサートがいつ開催されるのかも気になりますので、本記事でその詳細に迫っていきます!

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宇多田ヒカルが芸能活動休止した理由

宇多田ヒカル

宇多田ヒカル

1998年、若干15歳で歌手デビューし、デビューシングル『Automatic』が爆発的ヒットし、R&Bという音楽のジャンルが若者たちに定着する大きなきっかけを作った、歌手:宇多田ヒカルさん。

筆者自身も、宇多田ヒカルさんの音楽センスには心臓を鷲掴みされてしまうほどの魅力を感じさせられ、いつの間にか宇多田ヒカルワールドにどっぷりハマってしまっていたくらいです。

とくに宇多田ヒカルさんの音楽センスや独創性に魅了されたのは、11thシングルとして発表された『SAKURAドロップス』と12thシングルとして発表された『COLORS』。

現在もヒット曲を輩出している宇多田ヒカルさんですが、やはりこの2曲は彼女を代表とする名曲トップ5に入る楽曲とも言えるでしょう。

『SAKURAドロップス』は、完全なる失恋ソング!

一人の女性が恋い焦がれ、意中の男性に全てを捧げ想い続けて来たにも関わらず、その想いは届かず失恋してしまうのですが、それでも諦めきれない心情を抱えながら悲しみ苦しんでいる様子を桜の散り際の切なさ・儚さにたとえている楽曲です。

もちろん、ただ切ない・悲しいだけでなく、桜はすぐに散ってしまうけど、また咲き誇るというニュアンスを何となく散りばめながら、

『これが最後のハートブレイク』

と励ましている心情も覗け、そのゆらぎが実に絶妙で、痛々しく無く、思わず涙してしまう名曲です。

そして、『COLORS』に至っては、これぞ宇多田ヒカルと思わせる歌詞を随所で魅せてくれています。

主な特徴としては、いろんな心情・風景を色に見立てて、展開している歌詞構成となっていますが、その中でもぐっと着たのが黒を弔いの衣装と位置づけ表現したところにあります。

確かに黒の代表は喪服であるという方もいらっしゃるかもしれませんが、黒ってタキシードにも使われていますし、スーツだって黒系はあります。

音楽は、ダイレクトに感情を揺さぶりやすいツールであるだけに、安易に弔いのフレーズを使いたがらないものだと思うのですが、それを宇多田ヒカルさんは堂々と弔いのフレーズをこの楽曲に用いてきています。

あくまでこれは推測でしかありませんが、おそらく、弔うというフレーズを用いることで、その反対にある生命の尊さを表現していたのではないでしょうか。

モノクロで、どこか寂しく切なくも感じる世界観が、日々一生懸命生きることでカラフルな世界観へと変わり、そこに幸せが映し出されていく…

まるで、漫画『四月は君の嘘』で描かれているような世界観にも同じ意味が見受けられます。

もちろん『COLORS』の後に世に出てきた『四月は君の嘘』が楽曲のイメージに寄せているということではないでしょう。

世界観がどことなく似通っていると思えるのは、偶然の一致であり、あくまで筆者個人の印象でしかありません。

ただ、今の宇多田ヒカルさんの年齢で作詞するならわかりますが、当時、まだ20歳になったばかりの彼女が、これほどまでに生について色を用いて感情豊かに表現できているのかと思ったら、まさに鳥肌が立つ思いでした。

本当に、宇多田ヒカルさんのこの2作品を聴いた瞬間、少なくとも筆者は、あまりの凄さに言葉を失ったのです。

ファンが宇多田ヒカルさんを絶賛するのは当たり前だと思いますし、日本屈指のアーティストと言っても過言ではないでしょう。

そんな偉大なアーティストとして、宇多田ヒカルさんは色んな人達に影響をもたらしてきました。

とくに、ものまねタレントとして現在活躍されているミラクルひかるさんは、ものまね芸人として芸能界進出するきっかけとなったのが、宇多田ヒカルさんに憧れてモノマネしたことだったわけですし、もし、宇多田さんが登場しなかったらどうなっていたか…

まさに人生を大きく変える影響を与えた偉大なアーティストと言っていいでしょうね。

このように、宇多田ヒカルの声(世界観)を聴きたいとファンになった人は少なくありません。

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そんな宇多田ヒカルさんが、2010年8月9日に突如芸能活動を休止します。

正直、筆者もショックを隠しきれませんでした。

もちろん、彼女がここまで青春の全てをアーティスト『宇多田ヒカル』に注ぎ、走り続けてきたわけで、少し芸能界から離れて、のんびり休んで欲しいという気持ちもありました。

それでもどこか寂しさに襲われる自分もあって、かなり複雑な心境でしたね。

きっと筆者のような感情の揺れを経験したファンは少なくないでしょう。

それにしても、何故宇多田ヒカルさんは急に芸能活動休止発表をしたのでしょうか?

宇多田ヒカルさんが表明していた活動休止の理由は、『人間活動』というわかりにくい理由でしたが、要するに

音楽漬けの暮らしから開放されて、一般人としての生活を経験したかった

という理由だったのです。

ある宇多田ヒカルさんの関係筋の話では、あまりに人気になりすぎて、渋谷109やマクドナルドにすら出歩くことが出来ず、一人の女性として普通の暮らしが出来ずに苦しんでいたという話も聞きます。

確かに、もう少し心のゆとりをもたせるような余裕のある活動休止宣言をしてくれればいいのにと思うかもしれませんが、宇多田ヒカルさんの中ではきっと限界を感じていたのだと思います。

このまま行ったら、自分が潰れてしまう…

そう強く感じてしまったのだとしたら、急に芸能活動休止と発表したとしても不思議ではありません。

宇多田ヒカルさんは、15歳の頃に歌手デビューし、それ以来、ずっと音楽漬けの日々を過ごしてきました。

15歳の女の子が学校で恋をするような体験も無く、ひたすら音楽と向き合ってきた…

それが如何に過酷であったかと思うと、言葉が出なくなってしまうほど、切なくなってきます。

その上、宇多田ヒカルさんのご両親も超有名人ですし、いろんなプレッシャーも掛かっていたのだと思います。

そういった背景が色々重なり宇多田ヒカルさんは、普通の暮らしがしたいと芸能活動を休止したのだと思われます。

もちろん、これは筆者が公表されている事実から推測したにすぎない話です。

本当の理由は、きっと宇多田ヒカルさんにしかわからないと思いますが、2016年に復帰してくれているのですから、それだけで十分だと思いますよ。

 

宇多田ヒカルの活動休止からの復帰理由とは?

さて、2016年4月にNHK朝ドラ『とと姉ちゃん』主題歌となる『花束を君に』と『NEWS ZERO』のエンディングソングとなった『真夏の通り雨』をリリースし、宇多田ヒカルさんが芸能界復帰を果たしました。

いずれも、人間活動を経て、より深みのある素晴らしい曲として発表されていますが、それにしても、宇多田ヒカルさんが2016年に芸能界に復帰したのはどんな理由があるのでしょうか?

正直なところ、あれだけ音楽に走ってきたところもありますし、宇多田ヒカルさんの芸能活動休止中には、母である藤圭子さんが亡くなる、という悲しい出来事もあって、

『本当に大丈夫?』

『無理していない?』

と宇多田ヒカルさんの復帰に心配する気持ちもあります。

これだけ音楽に多大な功績を残してきた宇多田ヒカルさんですから、思う存分ゆっくり休んで、普通の幸せを掴んで欲しいという気持ちもあり、筆者自身の心境としてはかなり複雑なところはあります。

それだけに、このタイミングで宇多田ヒカルさんが復帰した理由が知りたくなりました。

今回、色々調べてみると見えてきたことがあります。

2007年には紀里谷和明さんとの離婚を経験し、芸能活動休止後、2013年に母が亡くなったことは、宇多田ヒカルさんにとって、かなりのショッキングな出来事だったはずです。

しかし、その悲しみをも乗り越える幸せを、後に宇多田ヒカルさんは手に入れることになります。

それは、2014年にイタリア人男性と再婚し、翌年に子供を授かったことで、宇多田ヒカルさん自身が母としての喜びを味わうことができたのではないでしょうか。

これまでの悲しみがウソのように宇多田ヒカルさんの中で納得できるようになり、悲しみを乗り越え、芸能活動を再開させようと心境が変わるくらいの出来事だったことも納得できます。

もし素敵な人とめぐり逢えずに、再婚も出来ていなければ、または子供を出産していなければ、きっと宇多田ヒカルさんは活動休止のまま現在に至っていたことでしょう。

こんな言い方をすると、おかしいと言われそうですが、宇多田ヒカルさんの赤ちゃんが、青春時代に宇多田ヒカルさんが走り続けてきた音楽の世界へと、再び引き戻してあげるために生まれてきたのかもしれないと考えると、神秘的なもの感じる次第です。

 

宇多田ヒカルの復帰後のコンサートはいつ?

2016年4月に芸能活動を再開させ、あとはコンサート(ライブ)が開催される日を楽しみに待つばかりといった状況なのですが、まだその話はありませんよね。

やはり、ファンとしてはコンサートについては気になっているところだと思いますが、少なくとも1年半は先の話となりそうです。

宇多田ヒカルさん本人、また彼女のプロデューサーで父である宇多田照實さんもコンサートを開催させたいと考えているみたいですが、会場を押さえたり、リハーサルを繰り返したりなどなど、準備にかなり日数がかかり

最短でも2017年の後半~2018年

なんだそうです。

ということは少なくとも2016年中のライブ・コンサートは無いということは確定で、早くても2017年以降ということになりそうです。

ただ、コンサートを開催する気ではいるみたいなので、2017年以降にコンサート開催の嬉しいニュースは聞けると思いますよ。

まだまだ先の話ではありますが、宇多田ヒカルさんがコンサートを開催する日を楽しみに待ちたいものですね。

 

まとめ

偉大なアーティストとして、絶大な人気を得ている歌手:宇多田ヒカルさんですが、彼女の中で波乱万丈の人生が続き、その中で母が亡くなったことは、立ち直れないほどのショックを与えてしまったようです。

しかし、後に再婚男性との間の子供が生まれ、心境が変わり悲しみを乗り越えたことで、宇多田ヒカルさんが歌手活動を再開させることが出来ました。

コンサートを開催するには準備がかかり、2017年以降となりそうですが、それまで独創的な世界観をファンたちに魅せ続けてくれると思いますので、今後の宇多田ヒカルさんの動向を楽しみにしたいものですね。

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