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大塚家具と匠の関係は?社長追放の父が裁判勝訴で娘がピンチ?

更新日:

お家騒動により、長期間の父娘喧嘩状態となった大塚家具。

その後、株主総会で、父の大塚勝久氏を追放する形で決着がつきましたが、一度地に落ちた評判というのは、そう簡単には回復しないものです。

そんなお家騒動後の大塚家具。

2016年12月は最終赤字が決定的となり、土地の売却なども行って、なんとか傾いている経営を安定させようとしているそうですが…。

一方、追放された父親の大塚勝久氏は、なんと新会社・匠大塚を設立し、娘・大塚久美子氏の経営する大塚家具からお客を奪おうとしているのだとか。

お家騒動で揺れた大塚家具の現在がどうなっているのか?

当記事で、大塚家具のお家騒動の理由原因、そしてその後の動向についてまとめてみました!

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大塚家具のお家騒動(父娘喧嘩)の理由は?

大塚家具

みなさんは、大手家具会社の大塚家具で熾烈な父娘喧嘩が勃発し、その経営権をめぐり株主総会まで開いたという、とんでもない事件をご存知でしょうか?

まぁ事件というほど、大げさなものではないのかもしれません。

簡単に言ってしまえば、経営に関する意見の食い違いでしかありません。

しかし、父娘の間で経営権を巡って株主総会で争うほどの事態に大きく発展したわけです。

さて、まずこの大塚家具で起きたお家騒動の顛末を軽く振り返ってみます。

まず父である大塚勝久氏の経営方針は、とにかく

店舗入口で客にユーザー登録のようなこと(名前や住所を登録させる)をさせる。

さらに店員の一人が付いて回り、一緒に家具選びをサポートしながらお買い物させる。

という考えでした。

確かに家具選びのサポートを求めるユーザーには良いのかもしれませんが、気軽に買い物を楽しみたい人には敷居が高く、負担がかかるでしょうね。

一方で、娘の大塚久美子氏の経営方針は、

カジュアル路線にシフトチェンジ

という考えです。

まぁ、完全に水と油ですよね。

それでも父娘なわけですし、普通に経営について、しっかり話し合いができればよかったのですが、そううまくはいきません。

大塚勝久氏が、自分の経営方針を娘の大塚久美子氏に完全に否定されたと感じ、2009年から社長職に就いていた娘の大塚久美子氏を業績不振という理由で、2014年7月に引きずり下ろします。

そして、娘を

取締役に降格させ、再び自身を会長職兼務という形で社長に返り咲いた

ものだから、大塚久美子氏が激怒してしまったのです。

こうして、大塚勝久氏のワンマン経営と、彼にとって斬新ながらも受け入れがたい経営方針を持つ大塚久美子氏が衝突!

経営権をめぐり株主総会にまで発展してしまう騒動となってしまったのです。

株主にとっても顧客や社員にとっても大迷惑な話ですが、娘の大塚久美子氏にとっては、これ以上、大塚勝久氏に会社を好き勝手させる訳にはいかないと思っていたのでしょう。

確かに業績としては悪化していたわけですし、そのまま手を拱いていたのも事実ですから、放置しておけなかった父・大塚勝久氏の気持ちも理解できます。

しかし、ここまで水と油だと、もう手が付けられません。

本当に誰かが仲介に入るなどして、上手くやりくりすればいいのに、それすらできない…

一部の株主が言うように大塚家具は、もう会社として末期状態なのかもしれません。

 

大塚家具の父娘の経歴をチェック!

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今回、事件というべき騒動を巻き起こした大塚家具の経営権をめぐるお家騒動。

火中にある父と娘の経歴をここで軽くご紹介しましょう。

まず父である大塚勝久氏のプロフィールですが、彼は

1943年4月27日生まれで、2016年12月時点で73歳。

元々タンス職人だった父の手伝いをしながら、中学までに資金調達や経営、販売など家具に関する経営のノウハウを経験。

それをもとに、1978年に埼玉県春日部市に大塚家具1店舗目をオープンさせました。

その後、父が開いていた大塚家具センターという工房を吸収合併させる形で、東京などにも進出。

全国規模で展開するまでに至りました。

しかし、近年は、大型ホームセンター化している家具店(ニトリ・IKEAなど)に人気を奪われ、徐々に大塚家具は衰退していきます。

一度は娘の大塚久美子氏に社長職を譲り、自身は会長職につきます。

ただ、自身の考えとは全く違う経営方針を娘に打ちだされて憤怒し、2014年に社長職を大塚久美子氏から取り上げ、再び大塚勝久氏が社長に就任。

昔気質な方のようで、頑固一徹な部分がある性格なのかもしれませんね。

一方、娘の久美子氏ですが、

1968年2月26日生まれで、2016年12月現在で48歳。

お嬢様学校の一つとも言われる白百合学園の中等部・高等部を卒業し、その後、一橋大学で経営学を学んでいたものの、就職は家具屋とは全く無縁の銀行に勤めることになります。

そんな彼女が何故、大塚家具に入社することになったのかというと、1994年に改正された大規模小売店舗立地法によって、業務拡大を目指すこととなった大塚家具が人手不足となってしまいます。

それにより、半ば強引な形で父の大塚勝久氏の意向を汲むこととなり、娘である大塚久美子氏が入社することとなったようです。

昔から父・大塚勝久氏のワンマンぶりは発揮されていたのでしょう。

しかし、元々バンカー(銀行員)だった大塚久美子氏は、父のような考えとは全く異なり、

「家具店として成功するにはどうすればいいのか?」

という理論に基づいた経営方針を持っていました。

その後、大塚久美子氏は2009年に社長に就任すると、すぐに大塚家具の経営方針を変えていきます。

これまでの大塚家具の店舗で行っていた、つきっきりで顧客に家具選びのアドバイスしていたことを止め、自由で気軽に購入できる家具店へとリニューアルさせていったのです。

頑固一徹なワンマンな父と、自由で効率重視の娘。

まさに水と油ですね。

 

大塚家具の現在!匠の設立と父の勝訴!

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大塚家具の経営方針を巡るお家騒動は、最終的には株主総会で、どちらの考えが、大塚家具の将来の経営として相応しいのか投票するという形で決着をつけることになりました。

その結果、61%の票数を獲得し、娘の大塚久美子氏が社長へと返り咲いたのです。

そして、この戦いに敗れた大塚勝久氏は完全に大塚家具の経営から一戦を引くことになってしまったとか…

しかし、大塚家具での父娘の争いはこれで終わったわけではありません。

なんと、会社を去った後の大塚勝久氏は、長男の勝之氏とともに

新会社・匠大塚を設立!

既存の大塚家具からお客を奪っていこうと画策…しているわけではないかと思いますが、まだまだ現役でやれるという思いから、新会社を設立したのでしょう。

一方、お家騒動に勝利した大塚久美子氏率いる大塚家具ですが、お家騒動が決着してしばらくは、お詫びセールで好調だったものの、次第に売り上げが伸びなくなってきてしまい、2016年12月期では赤字がほぼ決定的に。

大塚久美子氏はカジュアル路線を目指したものの、カジュアルなインテリア分野では、既にニトリやIKEAといった家具量販店が一定の地位を確立しており、何か魅力的な一手を講じない限りは、このまま大塚家具の経営悪化が進むだけでしょう。

さらに、2016年4月には社債償還を巡る裁判で、父・大塚勝久氏が勝訴し、15億円の支払いを命じられました。

そのうえ、大塚久美子氏は、15年12月期~17年12月期の期末配当を80円と約束してしまったことも、父・大塚勝久氏の勝利を約束させるものになってしまっています。

大量の株式を売却しながらも、未だ大塚家具の株を10%ほど保有している大塚勝久氏にも、年間で1億円を超える配当を3年間は得られることが決定しているからです。

これで父・大塚勝久氏の匠大塚の資金調達は完了した形になりましたし、既に多くの大塚家具幹部が、大塚勝久氏の匠大塚に流れているとの情報も…。

この状況を聞く限り、まだまだ父娘間の争いは収まりそうにありませんね。

 

まとめ

大塚家具の壮絶な父娘喧嘩の原因は、

経営方針の食い違いによるもの

でした。

元々、水と油な関係の父娘二人だったため、ここまで話がこじれてしまい、株主総会まで開くこととなったわけです。

株主総会の結果では、61%の得票となった大塚久美子さんに軍配が上がり、大塚勝久氏は経営権から全て退くこととなりました。

しかし、大塚勝久氏は新たな新会社・匠大塚を長男の勝之氏とともに設立。

従来の大塚家具を利用していた客層を取り込もうとしていますし、社債償還による裁判で久美子氏に勝訴!

父・勝久氏の逆襲がすでに始まっているのです。

とはいえ、現在、匠大塚も経営は苦しいようです。

昨今のインテリアへかける費用を安く抑えるという傾向に、高級家具を取り扱う匠大塚は、一般的なニーズが合いません。

このまま、家族間で争って共倒れ…

そんな可能性も十分にありえそうだと思った次第です。

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