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あさが来た(NHK朝ドラ)の原作『土佐堀川』とドラマロケ地を紹介

更新日

2015年秋に放送されたNHK朝ドラ『あさが来た』に、原作があることを皆さんご存知でしょうか?

過去の朝ドラの中でも、最もスタートの時代背景が古く、女性の社会進出が大きくなりはじめた時代にマッチしたドラマとしても、人気となった朝ドラでしたよね。

それだけ多くの人々が共感でき、朝ドラ『あさが来た』は、原作・原案も素晴らしかったからこその作品だったと思います。

また一方では、『あさが来た』のドラマのロケ地を知りたいという方もいらっしゃるようです。

本記事では、改めてこのNHK朝ドラ『あさが来た』の原作・原案とロケ地情報をまとめていきたいと思います!

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2015年秋のNHK朝ドラ『あさが来た』の原作『土佐堀川』とは?

土佐堀川と広岡浅子

土佐堀川と広岡浅子

女優・波瑠さんがヒロインとして起用され

「びっくりぽん」

という口癖のようなセリフが、放送当時は流行語大賞にノミネートされていくのでは?と注目もされるなど、いろんな意味で注目された2015年秋のNHK連続ドラマ小説『あさが来た』。

この『あさが来た』は、

史上初の幕末スタート

という最も時代背景の古いドラマとして放送されました。

新撰組副長・土方歳三(役:山本耕史さん)や、平塚らいてう(読み方はひらつからいちょう)(役:大島優子さん)など、朝ドラとしては考えられないような偉人たちが、続々登場したことでも、実に面白かったです。

筆者は、大隈重信役として登場された高橋英樹さんが、実に貫禄があって、さすが名優だと、終始圧倒されっぱなしでした。

『あさが来た』の登場キャラクターだけを見ると、かなり異質な朝ドラという見方もできるでしょう。

さて、そんな魅力あふれる朝ドラとして放送された『あさが来た』ですが、物語のスタートとなる舞台は、先程お話したとおり、まだ近代日本の夜明けが訪れたばかりの幕末時代の

京都

が舞台となっていました。

この時代は、まだ財閥ではなく、豪商が栄えていた時代…

京都に『あさが来た』に登場するような豪商が栄えていたようです。

ここでは、完全なる男社会が文化として根付き、女性の社会進出なんて一切許されず、『女は家庭に入ればそれでいい』と言われていた時代だったようです。

極端な話、

「女に学問はいらない」

と読書をすることすら禁じられていたと言われている時代です。

現在では、考えられないような時代とも言えるでしょう。

そんな時代に、たくましく元気に明るく生きていた女性がいました。

この女性の名は

広岡浅子

彼女は、朝ドラ『あさが来た』のヒロイン・白岡あさのモデルになった人物です。

後に、炭鉱事業や、銀行の事業を起点にしながら、女子大などの創設に関わる、なんともパワフルな女性起業家です。

『あさが来た』の原作小説

『土佐堀川』

は、そんなパワフルで明るい京都のおてんば娘が、結婚のため大阪の豪商・加島屋に嫁ぐこととなります。

旦那となる人物が広岡信五郎という頼りないボンボンで、加島屋を支えるためには、仕事でも支えなければと、浅子が奮闘していく物語として描かれています。

もともと好奇心旺盛で、

「なんで?なんでなん?」

「びっくりぽん」

を口癖にしていた浅子。

周囲の反対を押し切り、炭鉱事業を成功させるなど、手腕を発揮します。

しかも時には、あの新撰組にすら立ち向かい、意見を述べるという、当時考えられなかった行動を取ることもありました。

このように常に周囲をハラハラさせながらも、その度胸の良さが功を奏し、九転十起きという人一倍の苦労を背負いながらも、起業家として生命保険事業・学校教育など成功させていくのです。

現在、何かと女性の社会進出が謳われ、男性も育児に積極的に協力し、女性たちが社会で男性と平等に活躍できるよう動きが見られてきているのも、もしかしたら広岡浅子という偉大な人物が、その道を切り開いてくれたからこそ成立する世界なのかもしれません。

女子大も誕生しなかった可能性も高く、広岡浅子によって時代は大きく変わっていったのでしょうね。

筆者としても広岡浅子は、女性たちに未来を与えてくれた素晴らしい起業家だと考えています。

そして、『土佐堀川』は、そんな偉人とも言うべき、広岡浅子の半生をモチーフに描かれた小説なのです。

さて、そんなNHK朝ドラ『あさが来た』の原作とも言える小説『土佐堀川』ですが、これを手掛けたのは、

古川智映子

という女流作家の小説だったことが分かりました。

もともと古川さんは、研究者である夫と離婚してしまい、高校教師という職も辞めて、失意の中で執筆に専念するという時を過ごされていたそうです。

そんな時に出会ったのが、日本の詩人・民俗学者・日本の『女性史学』の創設者である、高群逸枝の『大日本女性人名辞書』に掲載された広岡浅子。

そこから5年もの間、取材し続け、やっとの思いで『土佐堀川』を執筆されたそうです。

5年も広岡浅子という人物に惹かれ、根気強く取材し、執筆までに至ったということは、それだけ魅力を感じた人物であるということの表れであったということなのでしょう。

そして、古川智映子さん、高群逸枝さんも同じ女性です。

女性による大きな時代の変化

をもたらす革命が、この当時に行われ、一冊の本に凝縮されたのではないでしょうか。

そんな、後の時代に大きな影響を与えることとなる貴重な一冊が、『あさが来た』の原作『土佐堀川』となっていることを知ると、なにか感慨深いものを感じます。

『あさが来た』では、脚本家である大森美香さんが、原作小説を参考に、主人公『あさ』の人物像を少し面白く、活発なものとして脚本を手がけています。

そして、主演キャストの波瑠さんをはじめとする演者や、主題歌を担当したAKB48がドラマを大きく盛り上げ、大絶賛された朝ドラとして放送されました。

『あさが来た』の平均視聴率は、

23.5%

と、ここ数年ではトップの成績で、それだけ魅力あふれるドラマだったと思います。

現在、DVDも発売されているそうなので、もし見逃した方は、購入するなり、レンタルするなりして、一度『あさが来た』を観てみることをおすすめします!

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NHKの朝ドラ『朝がきた』のネタバレをチェック!

女優:波瑠さんがヒロインを務めたNHK朝ドラ『あさが来た』ですが、やはり最大のネタバレは、

最終回の若かりし頃の新次郎の元に向かってあさが駆け寄っていくシーン

を一つ上げておきたいと思います。

実は、このシーンは、謎が謎を呼んでいるシーンとしても、今なお、物議を生んでいるという話もあるくらいなのです。

というのも、最終回手前で、新次郎はあさより先に、この世を去り、ラストシーンはさらに6年経過し、あさも年老いた時代が映されています。

そこで新次郎とあさが、若かりし頃に戻り、2人が手と手を取り合い、見つめ合ったところで、物語は終わってしまうのです。

人が若返るなんてことはありえない話ですし、亡くなった新次郎が、何故、あさの前に現れているのか…

それは、女性が社会で活躍するために、『学ぶ自由を』与えられた(大学を設立し成功させた)ことで、あさが役目を終えたことを意味し、新次郎も

「後は娘達、後世に託したら良いんじゃないの?」

とあさに呼びかけ、迎えに来たという風にも見ることができるのです。

つまり、この後、

『あさは人生を全うし、亡くなったのではないか?』

という説が流れているわけ。

もちろん、

『あさが亡くなったわけではない!』

と、反対の意見を言う視聴者もいますし、いまやちょっとした都市伝説のような扱われ方をしているわけです。

さて、ドラマ上のネタバレはこの辺にしておいて、今度は原作『土佐堀川』のモデルとなった広岡浅子のネタバレに触れていきます。

まず一つは、冒頭でも触れたことですが、とにかく広岡浅子は、歴史を動かしてきた偉人たちとの接点を多く持ち、顔の広い女性であったということが挙げられます。

例えば、彼女は、

日本資本主義の父とも呼ばれ、昨年STAP細胞で注目を浴びた理化学研究所を創設した渋沢栄一。

津田塾大学の創設者であり日本の女子教育の先駆けとも言われた津田梅子。

など、とにかく歴史や現代文(国語)の授業でも登場してきた偉人達と多くの交流を交わし、事業を成功させていくのです。

そして何よりも凄いネタバレとして展開されているのが、NHK朝ドラ『花子とアン』のヒロインであった村岡花子との接点をこの人物が持っていたことです。

村岡花子

朝ドラ『花子とアン』の村岡花子

広岡浅子は起業家としての現役を引退した後、静岡の御殿場にある彼女の別荘で勉強会を開催していたそうです。

その勉強会に参加していたのが村岡花子だった

というのです。

残念ながら、期待はされつつもドラマ上では出演シーンはありませんでしたが、なにか感慨深いものがありますよね。

以上が、『あさが来た』で、ご紹介するネタバレです。

いろんな時代と、偉人たちとリンクしている作品と言えるからこそ、『あさが来た』に対して、多くの人々が魅力を感じ、支持されたのだと思いますよ。

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NHKの朝ドラ『あさが来た』のドラマロケ地は?

NHKの朝ドラ『あさが来た』は、舞台が大阪ということもあって、ドラマロケ地も主に関西をメインに撮影されていました。

では、具体的にそのロケ地を振り返ってみたいと思います。

まず、はつ・あさの実家である今井家の街並みは、

奈良県橿原市今井町

で撮影され、山王寺屋・加野屋がある大阪の街並みは、

京都府京都市右京区太秦:松竹京都撮影所

がロケ地とされたそうです。

その他の主なロケ地は以下の通り。

滋賀県近江八幡市・八幡堀:はつが山王寺屋へ嫁ぐ場面

和歌山県有田市:はつ一家が和歌山でみかん農園をしていた風景のロケ地

愛知県犬山市・明治村:上京するあさとうめが乗車した陸蒸気

和歌山マリーナシティ・ポルトヨーロッパ: あさとうめが訪れた明治11年の東京の街並み

東大阪市・樟徳館:大隈重信邸

京都府亀岡市丹波国分寺:第35話で新次郎があさを迎えに来る場面

日吉大社・大宮橋:第53話で新次郎がはつを送る場面

兵庫県立あわじ花さじき:あさが講義をする場面、あさが新次郎と再会する菜の花畑

以上が、主な『あさが来た』のドラマロケ地となっています。

もちろん、Wikiやロケ地情報を見るとまだまだあります。

そこから一部引用させていただいた情報に過ぎませんので、残りは、皆さんでご確認していただきたいと思います。

(全部書き出すとなるとキリがないので…)

このドラマロケ地をトータルで見ていくと、『あさが来た』の時代背景が幕末から明治の時代ということや、また京都・大阪を舞台にしていたということもあって、京都・大阪・滋賀などの歴史を感じる長屋・下町などを中心に、ドラマロケ地を選んでいたことがよく分かります。

神社仏閣や、老舗の呉服屋などの多い京都は、このドラマのモデルとなる広岡浅子の出身地であるだけに、ドラマロケ地の中心となったということなのでしょう。

ふさわしいロケ地だと筆者も思います。

ただし、一部、愛知県・明治村で撮影されたシーンもありますので、オール関西でのドラマロケというわけではないようです。

まだまだ日本には、情緒ある名所・旧跡もたくさんありますし、それらを活かしながら、『あさが来た』が最高のドラマとなったというのが、筆者をはじめ、多くの視聴者が感じたことではないかと思う次第です。

 

まとめ

NHK朝ドラとして大人気だった『あさが来た』は、古川智映子の小説『土佐堀川』が原作となっているドラマ。

大阪の女性起業家:広岡浅子を主人公のモデルにしています。

そして、この小説を脚本家の大森美香さんが、NHK朝ドラ仕様に着色して描きあげています。

『あさが来た』のドラマロケ地も、大阪、京都、滋賀近江八幡など、関西だけでなく、一部、愛知県犬山市・明治村での撮影もあり、細部にこだわり、しっかり描かれ、本当に素敵なドラマとなりました。

残念ながら、かつての朝ドラ『花子とアン』のヒロイン・村岡花子との接点は描かれていませんでしたが、過去の偉人達もたくさん登場し、歴代史上最も歴史を感じられるドラマになったとも言えるでしょうね。

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