ビリギャルのモデル・小林さやか本人の現在は?その後を調査!

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ビリギャル


小学校4年生程度の学力しかない女子高生が、一気に偏差値を40も上げて、現役で慶應大学に合格!

これは、想像を絶する努力と奇跡によって生まれた出来事だと思います。

この実話をモデルとして映画化としたのが、有村架純さん主演の「ビリギャル」。

筆者も新たな有村架純さんの一面を見て、当時衝撃を受けました。

さて、この映画のモデルとなったのが小林さやかさんですが、一体、彼女はどんな人物なのでしょうか。

本記事では、映画「ビリギャル」のモデルとなった、小林さやかさんにスポットを当て、彼女がどんな人物なのか、その魅力に迫っていきます。

また、彼女の慶応大学受験の理由・背景や、現在の動向も併せて探っていきます。

 

偏差値40上げて慶応大に合格した小林さやかとは?

小林さやか

小林さやか

茶髪・カラコン・ピアスなど、個性的で派手な格好を好むギャルに対して、昔は、不良とひとくくりに差別していた時期がありましたよね。

いずれもファッションの一部であって、不良に直結するものではありません。

しかし、実際問題、周囲と異なる髪形・服装をしていることで、どこか浮いてしまっていたのも事実。

もちろん、その状況を作り出していたのは、周囲と違うことを極端に嫌っていた当時の大人たちに原因があります。

そして、この差別的な大人たちのものの見方が、彼女らの居場所を奪い取り、いつしか、本当に不良グループに入っていくことになっていった…

この悪循環も影響し、一種の洗脳のような、物の捉え方として、人は奇抜な格好をしているだけで不良と判断するようになったのでしょうね。

今考えると実に大人たちの愚かな考えだったのかと身に包まされる思いです。

さて、何かと差別的な物の見方をされているギャルたちですが、冒頭からお話ししている通り、あくまで奇抜なのはスタイルだけ。

それも個性を主張しているに過ぎません。

それは、映画「ビリギャル」の主人公のモデルとなる、小林さやかさんも例外ではありませんでした。

彼女の場合、小4の学力から一気に偏差値40まで学力アップし、慶応大学という超難関の入試を合格し、世間を驚かせています。

ただ、小4の学力だった彼女が慶応大に合格したという事実以上に、ルックスから頭が悪いと勝手に思い込んでいた大人が多かった…

ビリギャルフィーバーは、その表れではないか…

そんな気がしてなりません。

事実、彼女は名古屋の超有名お嬢様校に通っていたという話もささやかれ、それだけでウソつき呼ばわりまでされています。

学力なんて時間とともに低下したりアップしたりするものなのに、なぜ彼女がウソつき呼ばわりされなければいけないのか…

それも、彼女のことを何も知らないネットユーザーや、一般の大人たちが誹謗中傷しているのだから、ただ驚くばかり…

まぁ、これも外見で差別してしまう、日本特有の「ものの考え方」なのかもしれませんね。

とはいえ、お嬢様学校に通っていた彼女が、いきなり茶髪にピアスで小4の学力まで低下したというのは、何かしらの違和感を覚えます。

もちろんこの違和感というのは、彼女の中で何かしらの大きな苦悩・葛藤がうごめいていたのではないかという疑いの意味での違和感です。

では、一体、小林さやかさんとはどんな人物なのか、また、慶応大学の入試をパスするまで、彼女はどんな葛藤や苦悩を乗り越えたのか…

映画「ビリギャル」のシーンも振り返りながら、あらためて小林さやかさんの人物像を探ってみましょう。

映画「ビリギャル」のモデルとなった小林さやかさんは、1988年愛知県名古屋市出身の29歳。

友達のようなに心を許せる母親と、どこか警戒心を持ってしまうような怖い父親を両親に持ちながら、その生活は波乱万丈…

急に父が家族に相談もなく仕事を止めて(脱サラ)起業してしまい、家族はバラバラになってしまいます。

しかも、この父は、自分がプロ野球選手への夢を諦めきれなかったのか、長男(さやかさんの弟)へ、その夢を押し付けてしまうのです。

プレッシャーに絶えきれず、野球を辞めようとしていた弟は、父親と衝突…

もう家族がめちゃくちゃになっていくというところで、さやかさんが取った行動は、慶応大学入試という超難関な行動でした。

まぁ、その辺の詳しい話は後ほどお話ししますが、ここまでの話でも分かるように、決して、彼女は、金持ちのお嬢様ではありません。

では、なぜ、有名お嬢様校へと進学してったのか…

その理由は彼女の性格にあったようです。

幼い頃から人見知りで、うまく人の輪の中に入り込めなかったさやかさんは、そのコンプレックスから逃げるように、私立校への進学を志したのです。

友達が誰もいないところなら、友達とうまく付き合えないコンプレックスと向き合わなくて済む…

そう考えたのでしょうね。

それで、彼女は全力で勉強して名古屋の超有名お嬢様校(私立)への入試に合格し、無事中学生活が始まったわけです。

つまり、彼女が受験という苦悩を味わっていたのは、慶応大学への入試が初めてというわけではなかったのです。

小学6年の彼女が、受験と立ち向かい戦った…

もちろん、コンプレックスを避けるための行いだったかもしれませんが、それは心が折れそうになるほど苦しかったことだと思います。

それでも彼女が厳しい受験をクリアしたのは、他人に負けないくらいの努力家であったからだと、筆者は考えています。

根は真面目で思いやりもあり、人一倍努力できる女の子だった…

それは後の慶応大学の入試合格につながっていったと思いますよ。

ただ、当時は、中学受験合格で燃え尽きてしまったのか、中学受験合格=ゴールと捉えていたところもあったみたい…

その結果、勉強もせず、ただわくわくすることだけを追いかけてしまいます。

しかも、素行が悪いと目を付けられていた友達とつるむようになり、さやかさん自身の素行までも悪くなってしまうのです。

学力は低下、さらに素行が悪いという状況が、彼女の立場をどんどん追い詰めてしまいました。

本来は、大人である教師・親が、彼女を見捨てることなく指導しなくてはいけないのですが、ただ煙たがるばかり…

結局、さげすまされた目で見られるようになっていったさやかさんは、その大人たちに対して不信感を募らせていきます。

この頃唯一心を許していたのは、彼女のことを全力で守り支えてくれた母だけでした。

さやかさんは、母親のことを「ああちゃん」と呼ぶほど仲良しで、絶対の信頼していたそうです。

その後、母親の勧めもあって、さやかさんは、ある塾に通うようになり運命の出会いを果たします。

その人物こそが、ビリギャルの原作者で塾講師でもある坪田信貴さんだったのです。

さやかさんと初めて会った坪田さんは、彼女の姿・振る舞いに驚きの連続だったみたい…

しかし、彼は、決してさやかさんを外見だけで差別することはありませんでした。

それどころか、彼女の発想など良いところを見つけ出し褒めてくれていたそうです。

なによりも、真剣に向き合い接してくれていたことは、さやかさんにとって救いだったようです。

この運命の出会いがあって、坪田さんという一人の大人に対して、初めて心を開くようになったさやかさん。

後ほど、彼女の現在についても語っていきますが、少なくともこの運命的な出会いがあったからこそ、今の彼女があるのでしょう。

映画「ビリギャル」の中では、主人公のさやかさんはこんなことを言っていました。

「将来、坪田先生のような大人になりたい」

おそらく、モデルとなった小林さやかさん自身も、そのように考えていたのではないでしょうか。

学校の講師だけが恩師となるかというと、決してそうではありません。

生徒が本当に恩師として慕うからこそ、講師は塾の講師であろうが学校の講師であろうが、恩師となりうるのです。

そのことを、あらためて教えられたような気がしますね。

小林さやかさんは、

「どんな状況からでも未来を切り開くことができる」

と、大切なことを教えてくれました。

それは、人生の中でさまざまな悩みを抱えた多くの人たちに、勇気と希望を与えるきっかけとなっています。

映画「ビリギャル」には、そんなさやかさんの、優しさや人となりが詰まっていたのではないかとふと感じた次第です。

 

小林さやかが慶応大合格にこだわった理由

映画「ビリギャル」のヒロインである小林さやかさんが、慶応大学合格にこだわった理由は、二つあったと筆者は感じました。

では、その理由を見ていきましょう。

・心が折れかかっていた弟を救いたかったため

さやかさんには野球部に所属していた弟がいました。

彼は、中学時代野球で実績を挙げ高校へ推薦で進学します。

しかし、高校受験を推薦で合格できる実績を持っていたとしても、それは中学時代の話…

そういった野球選手は、高校ともなるとゴロゴロいます。

さやかさんの弟は、高校時代に壁にぶつかり、野球に対して挫折してしまうのです。

しかし、父親は、息子をプロ野球選手に育てようとしていたため、しばらくは逆らうことなく野球部に所属したまま…

そんな中、ついに心が折れてしまい、不祥事を犯してしまったのです。

さらに、不良連中と交流を持つようになり、どんどん弟の心は荒んでいきます。

そんな中、さやかさんは、模試で慶応大学合格率50%のC判定を受け、その結果を見せた上で、

「私は絶対に合格すると断言。」

さらに、

「高2で大学受験を始めた自分がここまでできたんだから、あんただって大丈夫」

と弟の背中を押したのです。

もし、弟の心が折れることなく、甲子園に向かって一直線に突き進んでいたら、彼女は慶応大学の受験を諦めたかもしれません。

ここにも彼女なりの優しさが見え隠れしていたわけですね。

ちなみに、弟と父親は、最終的に本音で話をすることができ和解…

当初、さやかさんのことを出来損ないとさげすんでみていた父親も、彼女の頑張りと結果に感銘を受け、考え方を少しずつ変えていったのだと思います。

まぁ、紆余曲折な人生を歩んできたさやかさんですから、心が折れかかってしまうことの一つや二つはあります。

ただ、それでも、彼女は周囲の人たちを幸せにしてあげたいと頑張っていた…

だからこそ今があるのだと思いますよ。

・恩師:坪田信貴の影響(自分の居場所を探すため)

正直なところ、慶応大学に行って何かを学びたいということは、彼女自身、塾に通い始めた高2の頃には全く考えもしない話でした。

そもそも、彼女は大人を全く信用できませんでした。

そのため、友達との世界に没頭し、完全に自分のテリトリーだけで生活していた印象を強く感じます。

そんな彼女が、塾講師である坪田信貴さんに心を開いた…

それは、先程もお話ししたように、大きな出来事でした。

坪田さんは、彼女にこんなことを話します。

「僕の話を聞いて面白と思うなら、なおのこと慶応に行くべきだ!!」

慶応大学は、東大に並び超名門の私立大学。

当然、全国からいろんな価値観を持つ受験生が慶応の門を叩き、やってきます。

おそらく、坪田先生は、そのことを提示した上で、新たな世界に飛び込むきっかけを与えてくれたのではないでしょうか。

もともと、彼女が名古屋の超お嬢様校を目指して受験したきっかけは、自分の居場所を探すためでもありました。

人見知りで、友達の輪の中に入り込めなかった彼女は、ああちゃん(母)に、

「新たな世界が待っているし、入ってしまえば大学までそんなに試験は無く進学できる」

と背中を押され、必死に受験勉強した後、有名私立中学(お嬢様校)へ進学したのです。

おそらく、受験勉強で燃え尽きたところもあったのでしょう。

結果、中学入学後は、ワクワクする事だけを追い求め、笑顔が増えていくのと反比例するように、成績はみるみる下がっていきました。

その後、今度は、恩師となる坪田先生の影響を受け、再び自分の居場所を作るために、新たな世界を切り開こうと考え行動した…

その一つのかたちが、彼女にとっては、慶応大学だったのです。

もし、永遠に大人を信じられないままでいたら、彼女が慶応大学受験を志すことは絶対になかったでしょう。

そして、全力で応援してくれる親愛なる母の姿や、坪田先生がいなければ、間違いなく彼女の人生は破綻していたはずです。

運命の人は必ず誰にでも存在します。

そして、その人が、運命を切り開くきっかけを与えてくれるのです。

小林さやかさんが慶応大学を目指した背景を紐解いていくと、そんな運命の何かを教えてくれるような気がします。

「努力は必ず報われる」

という、高橋みなみさん(元AKB48総監督)の言葉は、なかなか現実世界で実ることのないフレーズです。

しかし、少なくとも未来は変えることができる…

そのことを、小林さやかさんが教えてくれたのではないかと、彼女が慶応大を目指した理由を紐解きながら、ふと感じた次第です。

 

小林さやかの出身校、そして現在は?

最後に、小林さやかさんの出身校と現在について語っていきたいと思います。

・小林さやかの出身中学・高校

冒頭からお話ししているように、彼女が名古屋の超お嬢様校へ進学したことは間違いありません。

もしこれが事実と反することであれば、ビリギャルの著者である坪田信貴さんもウソをついていることになる…

さすがに、何のメリットもない彼が、ウソをつくとは到底思えません。

なので、超有名お嬢様校に受験して入学したことは間違いなしと考えていいでしょう。

そこで、問題となってくるのが、具体的にどの学校であったかという話ですよね。

ここから先は、情報が公表されておりませんので推測するしかありません。

ただ、名古屋という場所で、超お嬢様校(しかも中学から大学までエスカレーター方式)という学校は、ある程度絞られます。

・金城学院
・愛知淑徳学園
・椙山女学園

の3校がその条件に当てはまる学校なので、おそらく、そのいずれかではないかと思われます。

まぁ、あくまで憶測でしかありませんが、いずれも名門校ですし、偏差値もかなり高いです。

そのことを考えると、やはり小林さやかさんは努力の人なのだと痛感させられますね。

・小林さやかの現在

さて、映画「ビリギャル」のモデルとなった小林さやかさんの現在についても語っていきますね。

小林さやかさんは、慶応大卒業後、ウェディングプランナーになり、新郎・新婦の背中を押してあげるようなウェディングをプランニング仕事に就きます。

そして、自身も結婚して家庭をもつようになり、仕事も辞め、現在は、子育て支援計画と称して、全国各地で講演活動されています。

彼女のブログには、先日ニュースになった、大阪のある女の子が、地毛の黒染めを強要した一件について、語られていましたよね。

筆者も、彼女がブログで語っていたように、地毛を黒染めにすることなど絶対にありえないですし、それこそ個性をつぶすだけだと思っています。

あまりにも暴力的なことが許されて良いのかと、本当に強い憤りを感じていますが、そのようなことに対しても、丁寧に持論を述べている…

しかも、波乱万丈な人生を歩んできた彼女だからこそ、その言葉の重みは、聞き手に伝わります。

何かと教育評論家と称して、好き勝手にコメントされている人はたくさんいますよね。

「暴力反対!!いじめ反対!!」

と、偉そうなことを言っておきながらも、自身が、やれ議員や先生という立場に立つと、すぐに手のひらを返して都合の良い解釈をしてしまう…

それでは、子どもたちは信じてくれません。

どんだけ立場が変わっても、思いをブレさせてしまうのはNG。

筆者はそう感じています。

小林さやかさんは、このブレない心を持つ数少ない一人として、子育て支援のための支援活動と称して、全国を周って公演されているのす。

まだまだ、少子高齢化の時代に終わりは見えず、出産・子育てに苦しむ母親はたくさんいます。

小林さやかさんの経験は、そんな母親や子どもたちの救いになることでしょう。

彼女の経験を公演活動の中で、より多くの母親や子どもたちに広め、一人でも救われていくことを願っています。

 

まとめ

今回は、映画「ビリギャル」の主人公のモデルとなった小林さやかさんの生い立ちから、現在に至るまでの背景を探り、まとめさせていただきました。

人は外見で判断しがちですが、そのことがどれだけ間違っていることなのか、彼女を通じて痛感させられた思いです。

また、死にものぐるいの努力は必要だけど、未来は、自分の力で切り開くことができることも教えられました。

誰しも運命を変えるきっかけとなる出会いは訪れます。

みなさんもそのことを忘れずに、前を向いて一歩進んでみてください。

きっと、その後の人生の景色が違って見えてくると思いますよ。

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