とと姉ちゃんの”とと”の意味と原作モデルとドラマの違いとは?

ドラマ

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とと姉ちゃん

ドラマ『とと姉ちゃん』の中で花山伊佐次が戦前の内務省で、戦意高揚のスローガンに心血を捧げながら、戦後になり、

『なんて恐ろしい言葉を生み出したんだ』

と言うようなことを胸にいだきます。

言葉の力と、その重さを痛感した伊三次には大きな後悔が残ってしまい、その後、一切ペンを握ろうとしなかったシーンが描かれていました。

実際に、

『欲しがりません勝つまでは』

『贅沢は敵だ』

などのスローガンを花山伊佐次のモデルとなった人が、一般人から寄せられたスローガンから採用していたという話もあります。

そして、週刊朝日(1971年11月19日号)に掲載された花山伊三次のモデル(あえて名前は伏せておきます)の言葉で、

『ボクは、たしかに戦争責任をおかした』

だけが独り歩きしてしまうのです。

結果、『とと姉ちゃん』によってNHKは彼を戦犯にしたと怒り心頭し、『不届き千万!』と批判していたそうです。

 

確かに戦争責任に関しては、いろんな考えがあると思います。

それでも全く事実無根のことを言って彼を貶めたわけでもありません。

ましてや週刊朝日の記事と、『とと姉ちゃん』のドラマ本編は全くの別物です。

流石にそこの一部分だけを捉えてNHKや『とと姉ちゃん』を批判するのはかわいそうな気がしますが…

これも、ドラマの批判として、よくある話の一つなのかもしれませんね。

 

以上が、『とと姉ちゃん』と史実の違いや、批判のあった主な部分です。

『とと姉ちゃん』に対しての印象は、人それぞれ異なり、賛否は様々だと思います。

なんにせよ、この『とと姉ちゃん』はオリジナルストーリーで展開された作品です。

そして批判したいと感じる部分があれば、面白いと賞賛したくなる部分もあるはずです。

一方的に、ただ批判され続けるいわれはありません。

『とと姉ちゃん』は、あくまでNHK朝ドラとして完成された作品だったと思います。

ただ実際にどのように食い違っていたのか、気になる人はDVDなどで、もう一度確認してみるのも良いかもしれませんね。

 

まとめ

2016年前期のNHK朝ドラとして放送された『とと姉ちゃん』。

この『とと姉ちゃん』という作品は、雑誌『暮しの手帖』の創業に携わった大橋鎮子をモデルとしながら、ドラマ『怪物くん』や『妖怪人間ベム』の脚本を手がけた、西田征史さんが、本作の監督となり手がけた作品です。

ドラマとしては、大橋鎭子さんの史実とは異なる部分もあり、批判を受けていたところもありました。

それでも幼いころに父親を亡くしながらも、父親代わりとなって家族を支えたことなど、ヒロイン・常子の逞しさも伺え、実に面白い作品です。

まさに、この現代社会の女性のあり方を彷彿しているだけに、とくに女性の方には、『とと姉ちゃん』を一度観てもらいたいと思う作品ですね。

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