しずちゃん(南海キャンディーズ)のボクシング引退の理由と戦績!

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しずちゃん

そして、その助言に従い、しずちゃんのボクサー人生が始まり、なんと、2012年のロンドン五輪という大きな目標に向けて、厳しいトレーニングが始まったのです。

 

しずちゃんの階級であるヘビー級には、日本国内の女子選手がほかにおらず、試合そのものが組めずに苦難も続きました。

しかし、2009年2月にはC級ライセンスを取得。

ロンドン五輪に向けて、一歩前に進んでいったしずちゃん。

しかし、しずちゃんに悲劇が訪れます。

二人三脚で、トレーニングを続けてきた恩師である梅津正彦トレーナーが、『メラノーマ』という悪性腫瘍に冒され、

余命わずかという宣告

まで受けてしまうのです。

本来ならば、ボクシングのトレーナーどころではありません。

しかし、梅津正彦トレーナーは、自分がしずちゃんに本気でやろうと誘った手前、自らの事情で

治療のためにトレーナーを退くことなどできない

と感じたのか、彼はトレーナーを退くことなく、この病気と闘いながら、しずちゃんのトレーナーを続けました。

そして、しずちゃんは、世界で戦えるだけの力を身につけ、ロンドン五輪に一歩ずつ前進していったのです。

 

しかし、梅津正彦トレーナーは、道半ばでこの世を去り、しずちゃんもロンドン五輪もあと一歩のところで出場できませんでした。

次のしずちゃんの目標としては、リオ五輪を目指し戦っていたのですが、遂に力尽きたのか、しずちゃんも現役を引退することとなったのです。

しずちゃんも、36歳ですし、ここまで続けてきただけでも立派だと思います。

ボクサーとしての人生は終わりますが、しずちゃんは元々芸人です。

バラエティ番組中心に、本来の職種であるお笑い一本で、また新たにファンを笑わせる活躍を期待したいものです。

 

しずちゃんがボクシング引退を決めた理由

あれだけボクシングで、オリンピックを目指していたはずのしずちゃんが、リオ五輪目前で引退したことに驚いた人も多いと思います。

では、しずちゃんがボクシング引退を決断した理由とは何でしょうか?

 

やはり、ある程度は想像していましたが、しずちゃんのボクシング引退の理由は、

体力の限界

が大きな理由だったそうです。

そもそも、しずちゃんがボクサーとして現役を続けていたとしても、

国際ボクシング協会 (AIBA)ルールでは、年齢制限が40歳(2013年4月より40歳に引き上げ)

となっていて、しずちゃんにとって、リオ五輪が事実上のラストチャンスでした。

しかし、ロンドン五輪予選兼2012年世界女子ボクシング選手権大会で負ってしまった、膝の怪我の状況が悪化していました。

手術して治療したものの、体力的にも限界を感じ、それでしずちゃんはボクシング引退を決断したのでしょう。

しずちゃんとしては、手術をしたとはいえ、まだリハビリ中に近い状態で、リオ五輪まで残り1年を切っているこの状況。

さらにしずちゃんの恩師もこの世を去った中で、試合を組む相手も国内にいない環境です。

これでは、現役を続けていくことが、もう無理だったのかもしれませんね。

ただ、少なくともボクシング協会にとって、しずちゃんが女子ボクシング普及に、多大な貢献を果たしたことは紛れもない事実です。

ロンドン五輪で出場を逃した直後も、日本アマチュアボクシング連盟から特別表彰されています。

そして、しずちゃんから、2015年9月に引退の報告を受けた、日本ボクシング連盟の山根明会長も、

「真剣に練習に取り組む姿勢が立派で、競技の普及や発展にとって最高の功労者だ」

と、しずちゃんのこれまでの労をねぎらったそうですよ。

追記

『南海キャンディーズ』のしずちゃんがボクシングの現役を引退した理由は、間違いなく怪我や体力面が、大きく起因していることに違いありません。

決してリオ五輪を逃したからだとか、ボクシングが嫌いになったからではありません。

ただ正直、しずちゃんがボクシングを断念し、現役引退せざるを得なかったことは、非常に残念です。

しかし、恩師とボクシングに向き合ったこの数年間は、現役引退後の現在も、決して無駄にはなっていません。

引退会見の席で、しずちゃんは、当時お世話になっていた、日本ボクシング連盟の山根明会長にも、こんな感謝のコメントを残しています。

私はアマチュアボクサーとして現役を引退します。

本当に山根会長をはじめたくさんの人々に、試合するチャンスを頂き感謝しています。

ボクシングがなかったら、私の人生はなかったなと思います。

山根会長は、ボクシング連盟の会長として、女子選手の一人として、しずちゃんをサポートしています。

そして、何よりも彼女にボクシングという世界を教えてくれたのは、

恩師である梅津正彦トレーナーと、ボクササイズとして推奨してくれたロバート・山本博さん

の二人ですよね。

彼らがいなければ、間違いなくしずちゃんがボクシングと出会えていなかったわけです。

その出会いがなければ、かつて相方である山里亮太さんが、お笑いに情熱をかけていたことの意味を理解できないままだったでしょう。

また、お笑いコンビとしての仕事も激減したままだったと思います。

 

しずちゃんは2006年の映画『フラガール』で女優デビューもしています。

当時、お笑い一本で頑張っていた山里亮太さんとは異なり、女優の片手間でお笑いをしていたところもあって、両者は完全にいがみ合っていたそうです。

そこには、山里亮太さんがお笑いしかないと一生懸命になり、そこに別の仕事がきて喜んでいるしずちゃんへの嫉妬もあったわけです。

しずちゃん自身、そこまでお笑いに情熱をかけていた山里亮太さんの気持ちを理解できなかったみたいですね。

当時は、いつ解散してもおかしくない状況で、筆者としても『南海キャンディーズ』が再びネタをやるなんて想像もしていませんでした。

それが、色んな人達との出会い・サポートのおかげもあって、やっとお互いを認め合える存在になったわけです。

その一つにボクシングに情熱を全て傾けたしずちゃんが、山里亮太さんの当時の気持ちを理解できたという部分もあったのです。

このことは、バラエティ番組『1周回って知らない話』で明らかにされています。

 

筆者としては、当初、しずちゃんがボクシングでオリンピックを目指すなんて夢物語で、ただの賑やかしだろうと考えていました。

しかし、決してそんなことではなく、しずちゃんなりに本気でボクシングに取り組んできたことがわかりました。

いかに自分の考えが浅はかだったか、筆者自身、恥ずかしくなった記憶もよぎります。

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