ギャラクシー街道のストーリー結末ネタバレ!評価が悪い理由とは?

映画

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ギャラクシー街道

いくら多少なりとも覚悟していた評価と言っても、きっとショッキングな話ですよね。

やはり映画は、含み部分でストーリーが描かれるのではなく、わかりやすい形でストーリーがしっかり描かれていないとダメなようです。

 

ギャラクシー街道の評価が悪い理由原因

出演者までも、

「くだらない」

と言ってしまうほど、ストーリーが薄く、お笑い要素満載で展開した映画『ギャラクシー街道』。

完全に視聴者層の価値観とずれてしまい、『ギャラクシー街道』は、そっぽを向かれてしまう評価となりつつあります。

ここまで『ギャラクシー街道』がコケてしまうのは、視聴者と制作側との価値観に、大きなズレがあることが明白です。

やはりどんなにお笑い重視であっても、ストーリーが重要だと、改めて痛感させられたような気もします。

あくまで宇宙人という設定を重視したためなのかもしれませんが、

あの遠藤憲一さんが出産するシーン

があるだけでも相当無茶があります。

なのに、男女関係も何もなく、主人公・ノアと、その妻・ノエの子供を出産するというのですから、ストーリーも何もありませんよね。

『ギャラクシー街道』は、

宇宙人という大きな括りを設定を背景に、何でもありの様相を見せ、一般常識を根底から覆しています。

この『ギャラクシー街道』を観て、気持ち悪さを感じた人が続出し、それで「中身がない!」と切り捨てられてしまったかもしれません。

確かに宇宙人であるという理由で、妊娠するための行動を取らなくても、

男性が妊娠して出産すること

は可能なのかもしれません。

しかし、われわれ人間社会では、全く考えられないような非常識です。

常識の枠で考えれば考える程、『ギャラクシー街道』についていけない視聴者は続出してしまいます。

冒頭からもお話していたことですが、この『ギャラクシー街道』という映画は、考えずに感じていくことが求められています。

純粋にくだらないと笑うための映画であると、位置づけて見ないと、意味不明の中身のない映画で終わってしまうのです。

また、『ギャラクシー街道』には下ネタが随所に散りばめられていたこともあります。

その下ネタが『ギャラクシー街道』のくだらなさを、さらに助長したと憤慨した視聴者もいるそうです。

確かに、久本雅美さんや、柴田理恵さんが所属するWAHAHA本舗の舞台なら、それもありなのかもしれません。

でも、映画でそんな下ネタを連発されても、面白いと笑えるような気がしません。

何よりも映画を観に来る視聴者層を読み切る力が足らずに、脚本をストーリーよりもお笑い重視で

中途半端に書いてしまった

ことが、『ギャラクシー街道』失敗の最大の要因だったのでは?と考えています。

ただし、『ギャラクシー街道』が失敗というのは、あくま結果的な話です。

最初から何度も言うように、ストーリー重視ではなく、体感型のお笑い映画なのです。

少し考え方を変えて観てもらえれば、また違った評価になると筆者は思います。

多忙な日常でストレスを抱え込む現代社会において、ただ意味もなく笑い飛ばす時があっても、それもたまには精神的に良いのかもしれません。

ブルース・リーの言葉通り、考えず感じながら、嫌なことを全て忘れて、笑い飛ばしてみてはいかがでしょうか。

香取慎吾さんもコメントしたとおり、あまりの

くだらなさに腹を抱えて笑い飛ばす

には、『ギャラクシー街道』は、まさに最高のコメディ映画だと思いますよ。

 

まとめ

『コメディ映画の天才』とまで言われる脚本家・三谷幸喜さんが手がけた映画『ギャラクシー街道』。

この映画は、コメディタッチで描かれている三谷幸喜さん脚本の他の作品と比較しても、すこぶる評判が悪いです。

また、あれだけ叩かれた

映画『進撃の巨人』の累計興行収入の半分

とも言われ、お笑いに徹したことが大失敗に終わったように思います。

まぁ喜劇や舞台と異なり、映画はただ笑わせれば良いことではありません。

一応、筆者が感じたように、『ギャラクシー街道』には含み部分として、ある種のメッセージ性を感じられる人もいるかもしれません。

でも、それではダメなことがよくわかった典型例であると言えるのでしょうね。

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