下町ロケット(ドラマ)の最終回結末ネタバレ!続編の可能性は?

ドラマ

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阿部寛

現実社会に置き換えて言うなら、大なり小なり私達もその一人と言っても良いかもしれません。

犯罪こそしていないものの、どこかで常に言い訳や、何かの責任に転嫁して逃げていたり、

帝国重工・石坂のように出世や賄賂に手を出す人

も、大なり小なりいることでしょう。

法律に触れているか触れていないかのレベルは問題ではなく、問題は欲望に駆られて何かを犠牲にして、私達が生きている事実なのです。

当然、筆者にも悪の心というか、卑しい心は存在します。

完全なる善人なんて、この世に存在していないわけです。

でも、その裏で

「正しいものは正しい」

と言いたい気持ちもあることも事実だと思います。

だからこそ、どんなに耳が痛い話であったとしても、

『下町ロケット』のような単純な勧善懲悪タイプのドラマ

に、多くの人が魅了されてしまうのだと感じるのです。

生きていれば、理不尽なことのオンパレード。

そこにメスを入れているからこそ、我々視聴者は、『下町ロケット』でスカッとできるのでしょう。

 

さて、今回の『下町ロケット』最終回を観て、筆者は貴船教授のこのセリフが胸を突き刺さりました。

それは、

「時間さえ貰えれば人は生き返るのか?」

と、日本クラインに激怒したあの言葉です。

これは常に筆者が感じていることであり、どんな理由があったとしても、亡くなった命は返ってきません。

もちろん必死に命を救おうと努力しても、その結果、命を落としてしまうこともあり、そこを悪だと否定する気はありません。

問題は、

『下町ロケット』のように目先の利益によって、全くの無関係な人の命を犠牲

にし、そのことが明るみになって、初めて間違いと指摘していることにあります。

その最も大きな事案が、大昔から行われ続けてきた戦争にあります。

とくに豊臣秀吉の時代には、朝鮮にまで戦争を仕掛けていったというのですから、いかに人間が愚かな生物であるのか痛感させられます。

そして、最大の疑問は、戦争に携わった大半の人間たちが、

「なぜ、私たちは相手の生命を奪ったことを自覚していないのか?」

ということです。

筆者は第二次世界大戦中には生まれてもいませんし、全く無関係な人間です。

しかし、そんな筆者ですら、日本人として当時の日本人が愚かな戦争を犯してきた罪人であると意識しながら生きているのに、

老人となっている当時の人間が、自分のことしか考えず、やれ年金だ、介護だと自分のことばかり考える…

本当にこれで良いのでしょうか?

私たちは日々権力に屈し、無意識の内に、椎名のように、権力を持つ人間側についた悪人を守ることを善としてきたように思います。

 

人に感謝し、思いやりを持ちながら、今を生きていかなければなりません。

それが贖罪であり、『下町ロケット』が鳴らした警鐘ではないだろうかと思えて仕方ないのです。

ガウディ計画編で、娘のことを顧みず、仕事に没頭し、心臓病を患った娘に何一つしてあげることができなかった…。

その贖罪としてガウディ計画に参加した桜田章

のように、人のために何ができるのか考え、日々生きていくことは素晴らしいことです。

それは、簡単にできることではありません。

しかし難しいからといって諦めて楽な方にというのは、間違っています。

命は、一度失えば二度と戻ってきません。

どうか、命の尊さを『下町ロケット』を通じて、一人でも多くの人に伝わり、

尊厳や思いやりのある社会が構築される世の中

になってほしいですね。

 

まとめ

サヤマ製作所の社長・椎名は、コアハートのデータ偽装をしたため、業務上過失致死の容疑で逮捕されたのです。

勧善懲悪の形として、佃製作所の大逆転劇が描かれ、『下町ロケット』は締めくくられ、ドラマ放送が終了しました。

多くの視聴者の胸のつかえが取れ、スカッと終わり、『下町ロケット』の視聴率も22.3%と、2015年秋の民放ドラマ最高視聴率を叩き出しました。

ただ、『下町ロケット』続編の予定は、主演の阿部寛さんのスケジュールを見ても、おそらくなさそう…。

この『下町ロケット』は、今の世の中に対してメスを入れているところもありました。

『下町ロケット』を通じて、無駄な争いや利権のために尊い命が奪われてはいけないことも、改めて強く感じた次第です。

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