日本のこころに党名を改名した理由は批判と大敗?もはや風前の灯!

時事

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日本のこころ

党首であった平沼赳夫氏など複数名の離党が相次ぎ、中山恭子氏が党首改め代表となり、中山恭子体制が始まることとなったのです。

 

ちなみに、女性の国政政党党首は、2013年に党首を辞任した社民党の福島瑞穂氏以来とのこと。

そしてその後、『党名を変更するべきではないか?』と党内で議論されるようになり、最終的に党名変更をすることが決定。

2015年12月に、『日本のこころを大切にする党』が誕生したのです。

この際、江口克彦氏が党名変更に反発して離党。

ついに政党として認められるために必要な政党要件の1つである、

『所属国会議員が5人以上』

を失ってしまいました。

 

現在は、直近の国政選挙で比例代表の全国得票率が2%以上という要件を満たしているため、まだ政党として存続できている状態です…。

設立時は、22人の所属国会議員がいた『日本のこころ』。

江口克彦氏の離党以降も離党などが相次ぎ、現在では…

わずか2名

党としては、まさに低迷を極めています。

『日本のこころ』の中山恭子代表は、『次世代の党』から『日本のこころを大切にする党』という党名に変更する理由について、当時、

「次世代の党という名前が浸透しなかったから」

「穏やかさや誠実さ、良心など、日本人が誰でも持っている精神=『日本のこころ』が欠けつつある」

と発表していました。

ただ、『党名が変わったところでより世間に浸透するとは思えない』と思ったものです。

逆に党名が長くなったことで、余計に覚えづらくなるのではないか?とさえ感じましたからね。

その予想は案の定的中。

『日本のこころを大切にする党』は、わずか1年と3か月ほどで、またもや党名を変更することとなったのです。

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