古舘伊知郎の経歴や評判を紹介!報道ステーションの年収が凄い!

アナウンサー

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古舘伊知郎

1980年代の山本小鉄さんとのコンビでのプロレス実況はとくに盛り上がりましたね。

古舘伊知郎さんは、プロレス全盛期を支えた1人として、実況という立場ではありますが、間違いなくプロレス界の功労者として数えられる人物になったことは間違いありません。

多くのレスラーに個性を与える独自の名称をつけたりしたことは、個々の選手の認識にもつながり、選手側としても、古舘伊知郎さんのことが非常に頼もしく感じたのではないでしょうか?

その後、1984年にテレビ朝日を退社すると、大学時代の友人とともに事務所『古舘プロジェクト』を設立。

F1実況や競輪の特別実況、さらに『トーキングブルース』などのテレビ番組に出演するようになり、俳優業にも挑戦したこともありました。

世間的に古舘伊知郎さんの名がよく知られるようになったのは、フリー転身から1年が経った1985年の『夜のヒットスタジオ』の司会に抜擢されたことではないでしょうか。

ここから、スポーツ界以外でも古舘伊知郎さんの名が知られるようになっていきます。

そして、ついには1994年~96年にかけて、NHKの年末の定番である

『紅白歌合戦』の白組司会に選ばれる

ほどになるのです。

民放アナウンサー出身の人がNHKの『紅白歌合戦』白組司会を務めたのは古舘伊知郎さんが初めてです。

当時それだけ古舘伊知郎さんが人気だったことが伺える出来事になったと言えますね。

また、1990年代の古舘伊知郎さんと言えば、忘れてはならないのが『筋肉番付』ですよね。

後継番組でもある『体育王国』でも実況を務めていました。

『筋肉番付』は、その人気からテレビゲームも発売されたことがありましたが、それも古舘伊知郎さんの実況がとてもうるさかったですね。

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