権田修一のホルンからサガン鳥栖へ移籍の理由と年俸を考察!

サッカー

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権田修一


長らくFC東京の正ゴールキーパーだった権田修一選手。

2015年の大半は故障のため、試合には全く出場できない日々が続いていたのですが、突然のホルン移籍となりました。

このホルンという小さな街が、権田修一選手が移籍する前に日本で(サッカーファン限定ですが)有名になったのは、あの本田圭佑選手が、クラブチームの実質オーナーとなってからです。

それでは今回は、権田修一選手のホルンへの移籍の理由と年棒、さらにはその後のJリーグ復帰となった移籍についてお話していきます。

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ゴールキーパー権田修一と本田ホルン

権田修一

権田修一

まず権田修一選手の経歴プロフィールから紹介していきます。

権田修一選手は、神奈川県・川崎生まれ。

小学生の頃からサッカーに親しんでいました。

サッカー少年として、FC東京に憧れ、そのFC東京の下部組織に権田修一選手は入団。

そして、これもFC東京ではお馴染みであったゴールキーパーの塩田選手の控えとして、ベンチ入りするようになっていくのです。

2009年には、塩田選手が病に倒れたため、権田修一選手が急遽開幕スタメンとして、公式戦デビューを果たします。

これがきっかけとなり、その後は、権田修一選手が長らくFC東京の正ゴールキーパーとなります。

好守に加えて正確なフィードで、チームに貢献してきました。

しかし、2015年夏に

オーバートレーニング症候群

を発症。

その後の権田修一選手はシーズン終了まで、試合には出場できなかったのです。

そして、権田修一選手が移籍することになった『SVホルン』。

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