お花見の桜を楽しむ由来はいつから?海外の反応や評判も紹介!

お花見

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桜の木を観るお花見は、当時の庶民では絶対味わえないような、特権を得た者だけが楽しめるご褒美的なものなのかもしれない、と筆者は考えてしまいました。

そして、いつの時代も一部の権力を持つ人間だけが、何かと優遇され、末端の人たちは何一つ優遇されず、損をするばかりと思ってしまう次第です。

さて、話を元に戻しますが、平安時代に宮中で、桜の花を観て楽しむお花見が定着すると、鎌倉時代以降に、武士や町人達の間でも、お花見の文化が定着し始め、京都で山桜の苗木が植えられるなど、日本全国にお花見文化が広がっていきます。

さらに明治になると、江戸時代後期にある植木屋が、造園の一つとして、エドヒガンと、オオシマサクラの交配種である『吉野桜(ソメイヨシノ)』を奈良県吉野村で誕生させます。

このソメイヨシノが、明治以降、沿道や河川敷、公園、学校などに多く植樹されるようになり、今で言うところの桜並木が誕生するようになったのです。

そして、その植樹は日本だけで留まらず、日本と友好関係の強いアメリカなどにも寄贈されるようになりました。

アンジェラ・アキさんの名曲『サクラ色』の歌詞として

『川沿いに咲いていたサクラ並木を…』

という歌詞がありますが、これは、まさしくアメリカ・ワシントンDCにあるポトマック川に並んだ桜並木のことを指し、いまや日本の魂が、世界各地でも見られるようになっているのです。

アメリカ・ポトマック川の桜

アメリカ・ワシントンDCのポトマック川の桜並木

現在、世界では、内戦やら戦争、世界的な事件などが、次々と起こり、平和からどんどん離れていっているような印象すら伺えますが、日本からアメリカに桜の木を寄贈し、手を取り合えたように、手と手を取り合えば、人種や文化の壁を超えて、仲良く出来るはず…

そんなことすらも思い出させてくれたお花見文化のルーツ・由来と言えそうですね。

 

桜の木がお花見の花として愛されたもう一つの理由とは

桜

桜の木が、いつからお花見の定番の木として重宝され、愛されはじめたのかは、先ほどお話したとおりです。

しかし実は、このお花見の由来の話をするにあたり、もうひとつ桜の木が、春のお花見の花として、多くの日本人から愛されている理由が存在しているのですが、皆さんそのことをご存知でしょうか?

桜の木は、品種にもよりますが、ほぼ同時期に一斉に咲き、その生命も儚く5日~7日で散ってしまうその姿が、日本人の感性にマッチし、春を象徴する日本ならではの国花として愛されているそうです。

日本人は規律を重んじるところもあり、また真面目で勤勉なところが、何事にも潔い桜に重ねることで、日本人の象徴として、親近感が湧いているということなのかもしれませんね。

 

桜を見るお花見に対する海外の反応・評判は?

アメリカ・ポトマック川の桜

アメリカ・ポトマック川の桜

アメリカ・ワシントンDCのポトマック川に桜の木を寄贈したりと、海外でも何かと話題になっている桜ですが、海外の反応として、この日本のお花見という文化はどのように映っているのでしょうか?

実際にお花見文化や、桜並木に対する海外の反応・評判を見ていくと、『お花見文化をかなり羨ましい』と思っている方が、海外には多いように見受けられます。

『一日でいいから日本の綺麗な桜に囲まれてお花見がしたい』

とか、日本のお花見の動画をYOUTUBEなどで閲覧して、

『こんな綺麗な桜を見たら、私も今すぐ日本に飛んでお花見したくなっちゃう』

という方まで、同じような意見が海外の反応・評判として続出しているようです。

また、

『お酒を飲みながら花を見る文化は素晴らしい。自分の住んでいる地域ではそのようなことが出来ないから嫉妬してしまう』

という人もいるらしく、日本のお花見文化は、海外でも羨ましい文化の対象として捉えられているようです。

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