テラフォーマーズ原作者(貴家悠)のプロフィールや学歴をチェック

漫画

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貴家悠

漫画原作のみとは言え、デビュー作で、ここまでのヒット作品を生み出したわけですから、貴家悠先生が注目されるのも無理のない話なのです。

貴家悠とはどんな人物?プロフィールは…

先程もお話した通り、デビュー作からコレほどまでのヒット作品を生み出すこととなった漫画原作者・貴家悠先生。

テラフォーマーズの原作を手掛けた時は大学生だったらしく、若い年代で、デビュー作をここまでヒットさせた漫画家は、結構珍しく思います。

筆者が調べてみたところ、この条件でブレイクしている漫画家は、キン肉マンでおなじみのゆでたまご先生くらい…

あの有名な手塚修先生や、「ONE PIECE」の作者尾田栄一郎先生も若い年代でデビューはしていますが、デビュー作で爆発的にヒットしていません。

たしかに、何作かリリースして大ブレイクした作家はたくさんいらっしゃいますし、現在注目されている中学生の漫画家もいらっしゃいます。

しかし、漫画原作において、若い年代でデビューし、ここまでの大ヒット作品を生み出した漫画原作者は、意外と数少ないのです。

だからこそ、貴家悠先生がどんな人物なのか気になるファンも多いのでしょう。

・貴家悠のプロフィール

では、早速、貴家悠先生のプロフィールをご紹介していきますね。

貴家悠先生は、神奈川県藤沢市出身で1988年生まれです。

具体的に誕生日は公表されておらず、2018年で30歳ということになります。

ちなみに、『テラフォーマーズ』の連載スタートは、大学生だった頃の話で、若くしてブレイクした漫画原作者として大注目。

高校は偏差値73の神奈川県立湘南高等学校を卒業し、大学は埼玉大学を卒業されていらっしゃいます。

・大学時代の貴家悠は紆余曲折

ただ、大学に関しては、卒業まで結構紆余曲折だったみたい…

というのも、彼自身、テラフォーマーズの大ヒットによって、ネームに追われることとなり、課題提出に苦しむ事態に…

それで、結局課題が出せなくなっていしまい教授に怒られながら、気がついたら漫画原作の打ち合わせに出席していたんだそうです。

編集部の人たちの話によると、その当時の貴家悠先生は、

「『カイジ』の利根川に怒られた気の弱いモブみたいだった」

と言われています。

教授たちからしてみれば、

「大学生の本分を忘れ漫画に没頭するとは何事?」

と、激怒されていたのでしょう。

一方では激怒されながら、もう一方ではヒット作品を維持するための連載に追われた貴家悠先生。

自身が選んでいる道とはいえ、どこにも逃げ道は無く、彼もかなり苦悩されていたことでしょう。

ある種、芸能活動と学業の両立で苦しむ国民的人気アイドルのような苦悩を抱えていたわけですね。

とはいえ、偏差値73の高校を卒業するほどの頭脳明晰な方なので、勉強の方はそれほど心配なかったことと思います。

あくまで、課題制作と漫画の連載の両天秤に苦しんでいただけだったのではないかと思いますよ。

まぁ、貴家悠先生にとってはどちらも必要とされたことでしたし、ある意味、嬉しい悲鳴ではありますが…

・貴家悠が慢画の世界に入っていった背景・経緯

さて、貴家悠先生が漫画原作者としてデビューに至った背景・経緯ですが、これもいろいろおもしろい話がありました。

貴家悠先生が、漫画家に憧れを抱き始めたのは小学生の頃の話…

当時連載されていた「世紀末リーダー伝たけし!」を読んで感銘を受けたのか、将来漫画家になりたいと夢を抱いていたそうです。

ところが、学生時代は、ラグビー部に所属することとなり、絵の練習はそっちのけでラグビーに没頭…

おそらく部活での練習が厳しく、絵を描くどころではなくなったのだと思いますが、いずれにしろ、漫画家への道はどんどん遠ざかります。

・大学生になり転機が訪れた貴家悠

そんな彼に転機が訪れたのが大学生になった頃…

部活も卒業し、絵を描く時間が出来始めた貴家悠先生は、遂に本気で漫画に打ち込むこととなります。

「2年やってダメだったら就職する」

と、母親に頼み込んで大学3年生の終わりに休学し、漫画に打ち込んだとか。

それだけ、夢を捨てきれずにいたのでしょうね。

ある意味、漫画「バクマン」に登場する漫画家・亜城木夢叶(原作者:高木秋人)のような、印象さえ受けます。

・高木秋人のキャラクター性に似ている貴家悠の人物像

ちなみに高木秋人(シュージン)は、学年主席の成績を誇る秀才。

小学校時代の読書感想文では常に賞を貰うほど、文才に長けたキャラクター。

そんな高木秋人は、漫画家になるのが夢でしたが、絵の才能は全く無し…

そこで、絵の才能を持っていた真城最高を巻き込み漫画家デビューすることに…

それからは、波乱万丈の人生を辿りながらも、漫画家として成功を収めていくわけです。

漫画家としてデビューした年代は中学生と、貴家悠先生よりも更に若いですが、漫画原作に特化していることも含め、キャラクター性が似ていますよね。

そういえば、貴家悠先生も絵はかなり下手で、何を書かせてもかき分けが全くなっていないと言われる始末…

漫画家としてデビューするために、橘賢一先生のアシスタントに就いていたのですが、これでは話になりませんよね。

実際に、いくつも編集部に漫画の原稿を投稿していたのですが、全てボツ…

このままでは、漫画家になる夢を諦め、母親との約束通りに普通に安定した仕事に就かなくてはならなくなるところでした。

しかし、彼のことをちゃんと見てくれる人がいました。

・貴家悠のセンスを見つけた編集者とは?

他ならぬ、橘賢一先生のもとに来ていた編集部の人たちだったのです。

もちろん、彼らも、貴家悠先生の絵にはほとんど関心ありませんでした。

しかし、絵の下手さ感じさせながらも読み込ませるストーリーの面白さに感銘を受けたというのです。

この編集社は、貴家悠先生の卓越したネームに目をつけ、

「次は潜水艦か宇宙船か火星の漫画を描いてきて」

とリクエストします。

そして、そのリクエストに応えて、貴家悠先生は、昔、火星でゴキブリと苔を用いて実験されたテラフォーミング実験を思い出しネームを完成させます。

その作品こそが、今のテラフォーマーズの原型だったのです。

・テラフォーマーズの原型となったテラフォーミング実験とは?

ちなみに、テラフォーミング実験とは、いかなる環境下でも人類が生命を維持することが出来るための許容範囲を広げるための実験を指します。

ゴキブリたちを人形に進化させたり、火星にワクチンを取りに来た乗組員たちに昆虫と混合させたりしたのも、一種のテラフォーミング実験です。

その実験をテレビで見て、記憶を再現させたからこそ、本作品は誕生できたわけ。

・貴家悠先生の運命をも変えた橘賢一先生との出会い

もちろん、彼の魅力はネーム(ストーリー)にあり、作画にいたってはからっきしなので、誰かが作画を担当する必要が出てきます。

そこで、橘賢一先生が手を上げ作画を担当してくれることに…

橘賢一先生とは大学の先輩後輩の間柄で、そのことをきっかけにアシスタントにつくことが出来たみたい…

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