石川浩司(元たま)の現在と妻との出会い!バンド解散の理由とは?

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石川浩司 eye

そこで、筆者としても、彼の妻の存在が気になり、色々調べてみることにしたのです。

すると、石川浩司さんの公式サイト『石川浩司のひとりでアッハッハー』で、2004年2月に発売されていた

『たまという船に乗っていた』という自叙伝を出版

していたことがわかり、その中に、妻とのエピソードが、わずかながら書かれていたというわけ。

その自叙伝によると、石川浩司さんと妻の出会いは、『たま』がデビューする前まで遡ります。

彼女も結婚前に別のバンドを組んでいたらしく、『たま』がインディーズで活動していた頃、

『東京の川を船で下ってみる』という東京中野区で開催されたイベントで共演し出会った

ようです。

そして、この運命的な出会いをきっかけに二人は意気投合。

徐々に仲が深まっていくと、彼女からの逆プロポーズの末に1989年5月に結婚。

どうやら笑いのポイントも性格も似通っていたので、結婚したら楽しく暮らせそうということで結婚に至ったみたいですよ。

結婚しているのは良いとして、なぜか周りからは妹と間違えられるらしく、妻というより新たな家族が増えた印象が強いような気もします。

まぁ、本人たちが幸せなら、周りがとやかくいう話ではありませんよね。

 

それにしても、彼らのエピソードを紐解くと実に面白いです。

その一つとして、語られている話が、新婚生活のエピソード。

とくに結婚している人なら想像できる話だと思うのですが、普通、

新婚生活をスタートさせる際、新居に家具やカーテン・ベッドなどを持ち運ぶのが常識

であり、それらがなければ生活も非常に困難なものになりますよね。

とくに調理器具などが揃っていなかったら、料理一つも満足にできず、新生活をスタートさせるだけでも至難の業となってしまうことでしょう。

ここまでは先程お話しした通り、既婚者ならすぐに想像できる一般的な話です。

それなのに、この夫婦は常識を大きく逸脱し、なぜか

生活用品よりもファミコンを優先させて新居に導入した

のです。

確かに彼らは、結婚当初メジャーデビューできていたわけではなく、それほど裕福な暮らしをしていたわけでもなかったと思います。

高価な家具を新居に持ち込むことは難しかったのかもしれませんが、それでも最低限のものは必要!!

それを全て無視してファミコンというあたりが、実に彼ららしいのです。

実は、石川浩司さん自身、笑うところや性格が似通っているだけでなく、

同じ家に帰るのであれば、ずっと遊んでいられると考え結婚した

ところがあり、それゆえにファミコンを真っ先に新居に導入されたんだとか…。

まさに、石川邸は、子供の遊び場のような場所だったというわけ。

あまり考えられないような斬新な発想ですが、だからこそあの独特な世界観が描けるのだと思いますし、唯一無二の存在でい続けられるのでしょう。

ちなみに、妻もかなりのインドア派。

結婚前は、映画を観に行くでも素敵な夜景を観に行くでもなく、

新宿のダンキンドーナツで延々とセブンブリッジをしていたというデートプラン

が実行されたことも多々あったようです。

さらに、結婚後は終電を気にすることなく、自宅でファミコンゲームに熱中し、バトルし続けていたというエピソードまであります。

このエピソードを聞くだけでも、石川浩司さんの妻がいかにインドア派であることかが伺えますよね。

インドア派でゲーム大好きな妻と気質が似ていたわけですから、ぐうたらな気質をもっていた石川浩司さんにとっては最高の妻と言えるでしょう。

ぜひ、今後も夫婦水入らずで幸せな生活を贈り続けてほしいと、彼らの幸せを心から願うばかりです。

 

まとめ

元たまの石川浩司さんは、山下清を描いたドラマ作品『裸の大将放浪記』を彷彿させるような、

タンクトップ(ランニングシャツ)姿で登場

し、世間を圧倒させ社会現象を巻き起こしましたよね。

『たま』の音楽性はかなり異質で、実に面白い音楽バンドでしたが、音楽性の違いやアイドル扱いされ続けたことを理由に2003年に解散。

現在も、その音楽性を持続させながら活動を続けている石川浩司さんは、運命的な出会いを果たした

妻(当時は彼女)からの逆プロポーズの末に結婚

したことも発覚。

今後も、独自のスタイルを貫きながら、気質の似通った妻と暮らしていくことでしょうし、彼が公私共に幸せであり続けることを願うばかりです。

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