さよなら人類(たまの名曲)の歌詞の意味を解釈すると予言に!

音楽

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さよなら人類 eye

『たま』の名曲『さよなら人類』の歌詞の意味とは?

さて、先程音楽バンド『たま』の名曲『さよなら人類』は、今の時代を予言しているかのような歌詞を紡いでいるとお話ししました。

では、一体どんな歌詞を紡いでいるのか、改めてその意味を解説していきたいと思います。

端的に言って、この楽曲の歌詞を紐解くと、CO2(大気汚染)問題や戦争により、地球が崩壊したのか、

人類が木星にたどり着き、新たな暮らしを求めていく

と言った内容になっています。

街の空気を汚してみたり、兵隊さんを引き連れてサーベルの音をちゃかちゃか鳴らしては、街を混乱に陥れようとしてみたり

なんとも物騒な世界観のオンパレードです。

その挙句に、人類が初めて木星にたどり着き、最終的には

人類の身体は冬の花火で塵となり、猿に戻ってしまう

というのですから、なんとも恐ろしい話ですよね。

中でも筆者が怖いと思えたフレーズは、

  • 「野良犬は僕の骨くわえ」
  • 「冬の花火は強すぎて 僕らの身体はくだけちる」

という、この二つのフレーズです。

さすがに、このフレーズがAメロなりBメロなりに、まとめてパッケージされているわけではありません。

ちなみに筆者の個人的解釈で、この二つのフレーズの意味を紐解くと、まず前者の

「野良犬は僕の骨くわえ」

は、人類の闘いによって次々と人が命を落としていき、気がついたら、その骨を犬が咥えて彷徨う姿が映し出されたということでしょう。

つまり、これはある種の人類滅亡を示唆しているフレーズなのです。

そして、その極めつけとなるフレーズが、2つめの

「冬の花火は強すぎて 僕らの身体はくだけちる」

というフレーズにこめられています。

普通、花火は『夏の風物詩』というニュアンスが強いですよね。

カウントダウンイベントなどで冬の打ち上げ花火を見ることはあっても、やはり花火は夏をイメージさせるものであることに違いありません。

ましてや、この花火が『僕らの身体を砕け散らせてしまう』わけで、普通では考えられない話です。

しかし、これが爆弾であったとしたらどうでしょうか。

そんな恐ろしい爆弾を連想させるようなフレーズであるため、筆者はこの二つのフレーズを聞いて、人類滅亡の曲という風に捉えてしまうのです。

実際に、タイトルが『さよなら人類』なのですから、人類の存続に幕を閉じる内容であって不思議ではありません。

こんな歌詞が、温暖化現象が既に起こっていた30年程前の時代に書かれていたわけですから、これを怖くないという方が嘘になってしまいます。

何よりもこの楽曲を手掛けた柳原幼一郎さんが、ある雑誌のインタビューで、

「この曲の歌詞の意味をよく聞かれるんだけど、本当に深い意味など全くない」

と明言しているのです。

彼はさらに続けて、

「せいぜい、野蛮なことばかりしていると猿になっちゃうよと言っている程度の軽いものである」

と、このインタビューで語っていたそうです。

さよなら人類を手掛けた本人が言葉遊びで意味がないと語っているわけです。

本当のところは、たまたまその背景に重ねてしまうような歌詞が書かれていただけに過ぎない話だったのでしょう。

そして、多くの人が歌詞の意味を考えずに聴いていたからこそ、宝酒造の焼酎のCMソングとしても『さよなら人類』が起用されているわけです。

現在となっては、なぜこの曲を宝酒造のCMソングに起用したのか、その理由はわかりません。

斬新な発想の歌詞であり、宇宙に飛び立つくらい美味しい焼酎というイメージを植え付けたかったのかもしれませんね。

なお、『野生の力を試している』とか、『あの子を探している』と言ったフレーズも出てきます。

この『野生の力』とは、

自然災害に立ち向かう強さ

を意味し、一方で『あの子』とは、

戦争や自然災害によって、遠い場所に離されてしまった家族

を指しているようにも聞こえます。

いずれにしても、歌詞の意味は全くありませんが、捉えようによっては、実に悲しいシュールな楽曲へと変貌してしまうのです。

もちろん、そこまでの歌詞の意味を深読みする必要は全くありません。

ただ、もしそこまで考えて改めて『さよなら人類』を聴いてみると、なぜこの曲が予言と言われているのか、その理由が見えてくることになると思います。

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