把瑠都の現在と2つの相撲引退理由を考察!性格が不向きだった?

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元大関として各界を賑わせ、格闘家に転身してからも、類まれ無いポテンシャルを生かし活躍し続けている把瑠都さん。

しかし、各界入門時から瞬く間に十両へと昇進していったにも関わらず、結局、横綱にもなれず引退し、格闘技でも頂点に達していませんよね。

そこには何か理由があるのではないかと思うのですが、その理由とは一体何なのか…

もちろん、怪我も理由の一つだとは思うのですが、それ以上に性格に問題があると一部では言われているみたい…

そこで、本記事では、把瑠都さんが、横綱になれずに各界を引退した2つの理由(怪我・性格)について、一度考察してみたいと思います。

 

把瑠都が勝負に勝ちきれない現状

近年、何かと世間を騒がせている相撲協会…

蓋を開けてみれば、その多くが外国人力士達という印象が強まっていますよね。

ここしばらくの横綱たちの顔ぶれを見ても、元横綱の朝青龍さんと日馬富士さん、現在横綱の白鵬関・鶴竜関、大関・照ノ富士関など…

実に多くの外国人力士達が活躍してきました。

そんな中の一人として、各界を賑わせてくれたのが、エストニア出身の元大関・把瑠都さん。

現在は、格闘家・タレントとして、日本で活躍されていらっしゃいますが、本来なら横綱になってもおかしくないポテンシャルを持った力士でした。

実際に綱取りに挑戦したこともあったのですが、残念ながら横綱にはなれず、番付も大きく下げてしまい2013年には引退…

筆者も把瑠都さんの印象が良かっただけに、応援していたということもあって、彼の引退は、何か寂しさを感じさせられましたね。

あと一歩で横綱に昇進していたはずなのに…

それもあれだけの人格者だったら、今の各界を変えてくれていたかもしれなかったのに・・

そう考えると、ただ残念で仕方ありません。

とは言え、後ほど、一つの考察として述べていきますが、彼の引退も理由合ってのことですし、一つの運命でしょう。

さて、時代が変わり、2015年からは格闘家として転身された把瑠都さんですが、デビュー戦は実に華々しいものでした。

ジェロム・レ・バンナ選手の代役として出場したピーター・アーツ選手と対戦し、3-0の判定勝ち。

確かに、KO勝ちではないですし、これで華々しいというべきなのかという指摘もあるかもしれません。

ただ、同じく相撲界から格闘技へと転身した元横綱・曙さんのケースと比較すれば、デビュー戦での勝利は華々しいものといえます。

ちなみに曙さんは4選全敗で、そのうちの1戦はタレントボビーオロゴンさんとの対戦…

どう考えても勝たなければいけない試合までも落として、格闘家転身が失敗に終わったという印象が拭えませんでした。

把瑠都さんの格闘家転身の話はその後のことで、多くは、またおかしな方向に向かってしまったと危惧していたはずです。

その中でのデビュー戦で、しかも代打とは言え、K-1レジェンドのピーター・アーツさんと対戦し判定で勝利!!

これは褒めてもいい結果ですよね。

実際に、戦績を見ても過去4戦3勝1敗と、まずまずの結果を残しています。

ただ、一方では、3勝全てが判定勝ちであることもあって、何かスッキリしていない格闘技ファンがいることも事実。

2016年12月29日に開催された高阪剛選手との対戦でも、彼は3-0の判定勝ちを収めるんですが、何故か観客から罵倒されてしまうのです。

確かにその試合は、本来、対戦相手は別にいました。

イリー・プロハースカとの対戦の予定だったのですが、負傷欠場で試合に出られず、代役として高阪剛選手と対戦したという経緯があります。

その中で、判定勝ちで勝利したという後味が悪いものだったために、批判が飛んだのでしょう。

さすがに把瑠都さんも頭にきたのか、

「じゃあお前らがやってみろよ!」

と激昂する一幕もありましたね。

あくまで、筆者個人の見解に過ぎませんが、把瑠都さんの気持もよくわかります。

彼にとっては、イリー・プロハースカと対戦するものと考え準備だってしているはずなのに、急遽対戦相手が変わってしまう…

それは、心中穏やかではありません。

その中で戦い勝利を収めたわけですから、それは素直に実力として認めてあげるべきです。

ただ、格闘技ファンはそんな経緯なんてどうでもよくてスカッとKOシーンが見たいと考えているため、衝突が生まれてしまったのでしょう。

格闘家として実績をちゃんと収めながらも批判されていく…

それは、2017、アジアチャンピオンズリーグで優勝した浦和レッズが、ベスト16(済州ユナイテッド戦)で劇的勝利しても、罵倒されるようなもの…

ちなみに、済州ユナイテッド戦の第1ラウンドは、アウェイだったとは言え、0-2の完敗。

勝利には3-0が絶対条件でしたが、ホームで開催した第2ラウンドで、3-0と勝利し浦和はベスト8へ駒を進めました。

それでも全てをスカッと勝たせろというのであれば、あの時3-0で勝利した浦和に対して、
サポーターたちは、

「最初からそれくらいの姿勢で戦え馬鹿野郎!!」

と第1ラウンドの結果を持ち出し、浦和の選手を罵倒し続けたことでしょう。

しかし、実際はそんなサポーターはほとんどいません。

内容はどうあれ、よく勝利してくれたと、浦和の選手達を褒め称えたのです。

把瑠都さんの場合だって、本来、内容よりも結果を褒め称えるべきです。

どんなに苦しくても、結果を出したわけですから、そこまで否定されてしまうのはあまりにも可愛そうですよね。

さすがに、心優しき把瑠都さんも

「だったら、お前がやってみろ!!」

と激昂してしまったのでしょう。

間違いなく観客が試合したら、1RでKOされてしまいます。

それだけファンは自分勝手でいい加減なものなのです。

まぁ、そんな悲運な一幕もあり、相撲人として格闘家としては、まだ頂点に到達していない把瑠都さん。

まだまだ、格闘家としては前途多難な気がしますね。

それにしても、何故後もスッキリ勝利出来ないものなのでしょうか。

もちろん苦しみながらも勝利したことは褒め称えるべきなのですが、できれば内容も突いてきたほうが良いのは事実…

やはり、把瑠都さんに何かしらの要因があるのかもしれませんね。

今後、把瑠都さんがKO勝ち出来る程、圧巻する強さを見せる戦いが訪れる日を期待したいものです。

把瑠都が横綱昇進せず引退し、KO勝ち出来ない理由

先程もお話ししたように、把瑠都さんは、大関まで昇進したものの、あと一歩で横綱に慣れず、各界を引退されています。

また、格闘家としてもKO勝ちはまだ無く、

「頂点に達するのは随分先の話になっていくのでは…」

という印象は拭えません。

もちろんポテンシャルも非常に高いものを持っているはずですし、実力的にもこんなものではないと思うのですが、何故結果が振るわないのか…

その理由は、冒頭でもお話しした通り2つ(怪我・性格)の理由が起因している様に思います。

では、それぞれの理由を掘り下げて、考察してみたいと思います。

・怪我による影響

特にこの理由に関しては、各界を引退した理由に直結している話と、筆者は考えています。

彼のスタイルは、優れた体格を生かしながらも、相手の懐に潜り込んで相撲をとる、当時の外国人力士の間では珍しいタイプの相撲スタイルでした。

しかし、相手の懐に強引に潜り込もうとしたことも度々あって、膝にかなり負担をかけてしまったようです。

そして、2012年9月場所で、不運も重なり怪我を悪化させてしまうハプニングが訪れ、それ以降、徐々に成績を落としてしまいます。

その1年後には引退へ…

力士としては実に短命という印象も強く、不運も重なった力士だったという印象も拭えません。

特にこの2012年9月場所は、初日から不可解な判定に泣かされ続けていましたよね。

初戦の魁聖関との取組においても、先に手を付いたのは魁聖関なのに、何故か把瑠都さんの足が先に土俵を割ったとみなされ、軍配が降りなかった…

しかも、物言いにもならずに初戦を落とすことに…

挙句3日目は、逆に把瑠都さんに軍配が降りるケースだったにも関わらず、今度は物言いがついて取り直すことに…

結局この3日目(臥牙丸戦)で取り直しによって、場所前から痛めていた右足の怪我が悪化させてしまうのです。

しかも、この怪我の影響で、臥牙丸関により切られこの取組も落としてしまいます。

完全に判定の妙で、勝ち星を二つも落としてしまうのですから、把瑠都さんとしては、泣きたい心境だったと思いますよ。

まぁ、八百長とは言いませんが、何か行事の心が動いたような、実に不可解な2取組ですよね。

結局これらのことも影響し、怪我を悪化させてしまった把瑠都さんは、右足親指剥離骨折(全治1ヶ月)の診断を受け9月場所を休場…

それ以降は、常にギリギリの戦いを強いられることとなり、大関陥落を防ごうと必死になるあまり無理を重ねてしまうのです。

そして、度々古傷の左膝を痛めてしまい、十両へと陥落していく中で、稽古もできなくなってしまいます。

さすがに、これ以上は無理と判断し、把瑠都さんは、2013年9月場所(実際は土俵に上がることは無く…)を持って現役引退…

不運も重なり無理を重ね怪我を悪化させてしまったことが、把瑠都さんの運命を大きく狂わせてしまったのでしょう。

あと一歩で横綱という所まで来ていただけに、本当に残念な話ですね。

・把瑠都さんの性格が理由

把瑠都さんが横綱になれず各界を去ることとなり、さらには、格闘家転身後もKO勝ちできずに頂点に達していない理由はもう一つある…

その理由こそ、彼の優しい性格であると一部で言われているそうです。

確かにパワフルでポテンシャルの高い方ですが、タレントとしての彼からは、実に笑顔が似合う心優しき人物という印象を受けます。

実際のところ、あまりに勝負に徹しきれずに、結果的に無気力相撲を撮ってしまうこととなり、当時の親方から説教を受けたという話もあります。

近年の各界は品性が足りないと、横綱・白鵬関に対しても張り手・かち上げを禁止させたりしていますが、逆もまた然りといったところ…

程よい品格があり、それでいてしっかり勝負にこだわっていて、初めて力士として真価を発揮させると各界では考えられているみたい…

ところが、把瑠都さんは心優しい方なので、義を重んじてしまうところがあり、勝負に徹しきれないと言われています。

実際に、把瑠都さんがこの話をされているわけではないので、どこまで本当なのかは分かりません。

ただ、筆者が見ていても、彼は格闘家には向いていないという印象が強いです。

やはり、格闘技というスポーツは、良くも悪くも相手を傷つけてしまうスポーツでもあります。

それは言葉で言い表すのが難しいくらい大変な勝負の世界で、やらなければ自分がやられてしまうという過酷な世界でもあります。

だからこそ、土俵やリングに上がれば、鬼になって勝負に徹しなければいけないのです。

もちろん、そのことは把瑠都さん自身がよく理解されているはず…

しかし、あくまで力士だった頃や格闘家としての今の彼を見ている限り、どこか優しさを捨てきれていない自分がいるのではと思えてならないのです。

もちろん普段の心優しき把瑠都さんのイメージが強いということも、大きく影響していると思います。

ただ、実際に

「優しすぎる」

と、当時から相撲関係者が彼のことを評価されていたくらいですから、あながち筆者の考えが間違いではないと思いますよ。

今後、把瑠都さんは、格闘家として鬼に徹しきれるか…

そこは、格闘家を続けていく上で重要な鍵となっているような気がしますね。

以上が、横綱になれずに引退を余儀なくされてしまったことと、格闘家としてKO勝ちできず、頂点に達していない2つの理由と、筆者は考えています。

タレントとしては、誰からも愛されるキャラクターとして人気を博し、外国人タレントの一人として大成功を収めていらっしゃいますよね。

それだけに、格闘家・把瑠都としても、さらなる大物とも戦い、華々しい栄光をつかむ日が訪れることを心から願っています。

 

格闘家・把瑠都としての現在は?

先程からお話ししている通り、現在もなお格闘家として活動し続けている把瑠都さん。

しかし、2016年大晦日に開催された、ミルコ・クロコップ戦を最後に、試合をされていないのも事実。

決して引退されているわけではありませんし、所属するRAIZINの統括本部長である高田延彦さん次第では、次のマッチメイクもあると思います。

とはいえ、彼自身、常にリングに上っているわけでもありませんし、同じパワーバランスの相手をマッチメイクするのは難しいです。

それだけに、今は焦らず、じっくり格闘家としての体づくりをしていただいて、その上で、チャンスが巡ってきたときには今度こそKO勝ちをしてほしい…

もちろん、それには勝負の鬼と化することが絶対条件となりますが、その部分も含め、今後の把瑠都さんには期待したいものですね。

 

まとめ

元大関の把瑠都さんは、各界在籍時にも、大関まで異例のスピード出世を果たし、相手の懐に潜り込みながら相撲を取るポテンシャルの高い力士でした。

しかし、度重なる不運も重なり怪我が悪化し、最終的に引退を余儀なくされてしまいます。

また、ここ一番の勝負弱さも、優しすぎる性格が仇となってしまっている一面も伺えます。

白鵬関みたいに勝負の鬼に徹することができれば、横綱の道も、格闘家としてのKO勝利もあったかもしれません。

ただ、その優しさも含め把瑠都さんの魅力ではあります。

今後性格をうまく使い分けながら、また、怪我をしないように身体を鍛え上げながら、次の戦いではKO勝利を期待したいものですね。

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