
元大関として各界を賑わせ、格闘家に転身してからも、類まれ無いポテンシャルを生かし活躍し続けている把瑠都さん。
しかし、各界入門時から瞬く間に十両へと昇進していったにも関わらず、結局、横綱にもなれず引退し、格闘技でも頂点に達していませんよね。
そこには何か理由があるのではないかと思うのですが、その理由とは一体何なのか…
もちろん、怪我も理由の一つだとは思うのですが、それ以上に性格に問題があると一部では言われているみたい…
そこで、本記事では、把瑠都さんが、横綱になれずに各界を引退した2つの理由(怪我・性格)について、一度考察してみたいと思います。
把瑠都が勝負に勝ちきれない現状
4年前 把瑠都の断髪式で、2,3時間大雪の中待ってたんだ。若かったな。 pic.twitter.com/LjMmeguRgV
— ともこ⌬ (@cyumu1114) January 22, 2018
近年、何かと世間を騒がせている相撲協会…
蓋を開けてみれば、その多くが外国人力士達という印象が強まっていますよね。
ここしばらくの横綱たちの顔ぶれを見ても、元横綱の朝青龍さんと日馬富士さん、現在横綱の白鵬関・鶴竜関、大関・照ノ富士関など…
実に多くの外国人力士達が活躍してきました。
そんな中の一人として、各界を賑わせてくれたのが、エストニア出身の元大関・把瑠都さん。
現在は、格闘家・タレントとして、日本で活躍されていらっしゃいますが、本来なら横綱になってもおかしくないポテンシャルを持った力士でした。
実際に綱取りに挑戦したこともあったのですが、残念ながら横綱にはなれず、番付も大きく下げてしまい2013年には引退…
筆者も把瑠都さんの印象が良かっただけに、応援していたということもあって、彼の引退は、何か寂しさを感じさせられましたね。