宮間あや(なでしこジャパン)の出身高校は?性格が世界で話題に!

サッカー

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この頃の宮間あや選手の技術は、対戦した大谷秀和選手(現 J1柏レイソル)が

「あとで聞くまで、女子とは思っていなかった」

と言うほど飛び抜けていたようです。

その後、宮間あや選手は、千葉県幕張総合高等学校に進学。

男子のサッカー部に、ただ一人の女子部員として参加していたそうです。

女子であることからか、公式戦には出ることができないため、女子のクラブチームに参加することとなりました。

こうして、読売メニーナ(現 日テレ・メニーナ)に入団し、1999年にはNTVベレーザ(現 日テレ・ベレーザ)へ昇格していきます。

ただ、練習場までの往復時間がかかりすぎることなどのため、高校2年の時に所属するチームを退団。

その後、女子サッカークラブである

岡山湯郷Belleに第1期生として入団

宮間あや選手の本格的なサッカー人生が始まったのです。

この岡山湯郷Belleは、当時、本田美登里氏が監督をしていて、そのことも宮間あや選手の岡山湯郷Belle加入の大きな要因でした。

この頃の宮間あや選手は、金曜日の高校放課後に岡山に移動、日曜の試合の後には千葉へとんぼ返りという、大変な生活をしていました。

高校卒業後は、岡山県美作市の温泉旅館で、

清掃のアルバイト

をしながら、岡山でのプレーを続けていたのです。

2003年には、はじめて日本代表に招集され、FIFA女子ワールドカップ・アメリカ大会に出場し、またL・リーグ(なでしこリーグ)では、17得点で2部リーグの得点女王と最優秀選手となりました。

2007年には、FIFA女子ワールドカップ中国大会に出場し、イングランド戦では直接フリーキックによる2得点を挙げ、この年の

宮間あや選手が『サポーターが選ぶMVP』を受賞

しています。

この頃から、宮間あや選手の代名詞でもある、『正確無比のプレースキック』を、既に会得していたのですね。

2009年には、アメリカでWPS(アメリカ女子プロサッカーリーグ)が発足し、宮間あや選手はそのWPSのロサンゼルス・ソルに移籍しました。

そして、開幕戦ではWPSリーグ創設初得点をアシストし、シーズン通算でもリーグトップタイの6アシストを記録するなど大活躍をしたのです。

しかし、発足したばかりで、経済的基盤が貧弱なWPSでは、ロサンゼルス・ソルがリーグから撤退したため、宮間あや選手はセントルイス・アスレティカに移籍したのです。

その後、『アスレティカ』というチームもまたWPSから脱退、アトランタ・ビートに移籍となりました。

このあたりは、不運としかいいようがありませんが、アメリカ時代に

ゴールキーパーのソロ選手やフォワードのアビー・ワンバック選手など、後に世界的なトップ選手となる人たちと交流を深めたこと

は、後の宮間あや選手にとっては、大きな糧となりました。

この後は、ワールドカップ優勝、オリンピック銀メダル、ワールドカップ準優勝と続きますが、このあたりはもう皆さんよくご存知のことと思いますので、簡略に記します。

2011年のFIFA女子ワールドカップドイツ大会では、初戦のニュージーランド戦と準決勝のスウェーデン戦で、プレイヤー・オブ・ザ・マッチを獲得しました。

そして、決勝のアメリカ戦では、

リードされて敗色濃厚となった後半、終了間際にこぼれ球を身体ごと押し込んで同点。

そして、延長戦では、宮間あや選手のコーナーキックから、あの

劇的な澤穂希選手の同点ゴールを呼び込んだ

のです。

このあたりは、何度動画を見ても、身震いする程の感動を覚えますね。

また、それだけではないのです。

その後の宮間あや選手の行動が、国際的にも大きな話題となりました。

PK戦の末敗れ、座り込んでしまったアメリカの選手達に歩み寄って、慰めと激励の言葉をかわす宮間あや選手の姿は、スポーツマンシップの極致として世界中から絶賛。

旧知のソロ選手と語り合う画像は、FIFA公式サイトで当時最大の閲覧回数を記録しました。

2011年のFIFA最優秀選手賞(FIFAバロンドール)では、4位になりましたが、この時、受賞した澤穂希選手は、宮間あや選手に投票したそうです。

今思うと、この頃が、なでしこジャパンの頂点の時代だったのですね。

その後、各国はこぞって日本のプレースタイルである、ボールをつなぐスタイルを研究し、その結果、元々フィジカルに難があったなでしこジャパンは、次第に下降期を迎えることとなります。

宮間あや選手は、2012年には澤穂希選手の後任として、なでしこジャパンの主将となりましたが、決勝ではアメリカに敗れ、銀メダルに終わりました。

2015年の女子サッカーワールドカップカナダ大会では、決勝でアメリカに2ー5と大敗。

絶頂期にあった、なでしこジャパンの時代は完全に終わりを告げたことを実感しました。

この流れでは、2016年のオリンピック最終予選での敗退は、ある意味、当然の結果だったのかも知れませんね。

 

宮間あや(なでしこジャパン)の出身高校はどこ?

宮間あや選手の出身高校は、

千葉県立幕張総合高等学校

です。

この千葉県立幕張総合高校は、設立が1996年4月1日と比較的新しい高校です。

男女共学全日制の高校で、学科は普通科と看護科の2つがあります。

高校の校訓は、独立自尊・協調親和。

2017年度の偏差値は、

普通科が58ー65

とまず平均的、あるいは普通より若干、上というところでしょうか。

口コミでは、

千葉県立幕張総合高等学校の口コミ

偏差値の割に有名大学への進学率が低いが、高校生活は謳歌できる。

あまり厳しくない。

年数回の生活指導チェックだけちゃんとしていればOK。

この学校はとても自由です。

2学年以降の時間割を6月くらいに自分で組みます。

校則は多分他の高校と比べると、とてもゆるいと思います。

アルバイトは原則できませんが、隠れてやっている人もいます。

校内は携帯自由です

とありますので、かなり自由度の高い高校のようですね。

宮間あや選手の出身高校である千葉県立幕張総合高等学校の他の有名人ですが、以下のような人々がいます。

千葉県立幕張総合高等学校の有名出身者

宮間あや サッカー選手、FIFA女子ワールドカップ日本代表(2011年、2015年)、オリンピック代表(ロンドン、北京)

長澤健司 バスケットボール選手

酒主義久 アナウンサー

皆本晃 フットサル選手日本代表

村井慎二 元サッカー選手

栗原克志 元サッカー選手

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