原千晶、子宮頚がんで激太り?現在は「よつばの会」設立で奮闘

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タレントとして活躍し情報番組に度々出演している原千晶。そんな原千晶が激太りでビックリ!?その理由は過去に患った子宮頸がんだった?!今回は原千晶の激太り、子宮頸がんについて、さらに現在の活動をご紹介していきます!

原千晶を襲った二度の子宮がんとは?

1994年、クラリオンガールにも選出され、1997年には篠山紀信とタッグを組み、セクシー系写真集をリリース。

モデルとしても世の男性ファンを魅了した美ボディーの持ち主であったタレントの原千晶。

https://auctions.afimg.jp/item_data/image/20180907/yahoo/u/u199434045.1.jpg

現在は情報番組のコメンテーターとして度々テレビに登場していますが…

あれ?なんか激太りしている?!

じつは、原千晶は二度も子宮がんに襲われたものの、闘病の末ガンを克服!

原千晶の激太りの理由はがんという大病を患ったことが原因?とネット上で話題になっているようです。

う~ん…本当にがんという病気の影響があって、太ってしまったのでしょうか。

また現在往年の頃と比較して、テレビで姿を見ないという声も一部で聞こえています。

原千晶は、現在はどのような活動をされているのでしょうか。

本記事では、原千晶ががんに罹ってしまった背景や、太ったことのがんとの関係、現在の活動をまとめていきます!

原千晶のプロフィールは?

まずはじめに、原千晶のプロフィールを簡単にご紹介します!

原千晶の芸能界デビューは、1995年度の『クラリオンガール』に選出されたことがきっかけです。

芸能界デビュー当時のキャッチコピーは、「ブラックドルフィン」でした。

健康的な小麦肌が印象的でしたね。

https://www.suruga-ya.jp/database/pics/game/979001840.jpg

ですが実際は、原千晶は北海道帯広市出身で、色白肌の持ち主だそう。

クラリオンガールといえば人気芸能人への登竜門として知られていますね。

原千晶もデビュー後はテレビ出演を果たし、次第にラジオDJやバラエティ番組『ワンダフル』の初代の女性MCに抜擢されるなど、活躍の場を広げてきました。

そんな原千晶ですが、1997年には、写真家篠山紀信撮影によるヌード写真集 『BORA BARA』、1999年(平成11年)にはセミヌード写真集 『月刊原千晶』を発売するなど、セクシータレントとしてのアピールをしていた過去があります。

https://cancam-model.net/wp-content/uploads/2018/01/vol9_harachiaki03.jpg

きわどい写真も多く、この写真集発売には大きな反響がありました。

現在の知的で落ち着いたイメージの原千晶しか知らない人は驚くのではないでしょうか?!

原千晶、子宮頸がんの経緯は?

ここからは、原千晶が患った子宮頸がんの経緯についてご紹介しましょう。

原千晶が身体に異変を感じたのは、2004年のこと。

子宮の痛みや腰が重くなるなど違和感を感じ始めたようです。

しかし、当時の原千晶はこの症状を軽く見てしまい、何ヶ月も放置、どんどん症状が悪くなるため、その年の冬頃に近所のレディースクリニックへ診察へ行ったそう。

そのときに、子宮の入り口にできものが出来ていることが発覚。

大きな病院へ行き、手術する手はずとなったのです。

手術前には、原千晶はこのできものをただのポリープのようなものと考えていたみたい。

しかし、そんな原千晶の考えを激変させる出来事が、手術から2週間ほど経った2005年の精密検査を機に判明します。

そのできものはがんだったのです…

悪い部分は手術で取り除くことができたとはいえ、医師から子宮の全摘を勧められる事態に。

しかし、原千晶は当時30歳、子どもを産めない身体になってしまうため子宮の全摘を躊躇してしまったのです。

まぁ普通に考えてためらいますよね…

全摘の手術を予約するも、考えていくうちに大丈夫と変な前向きさが出てしまい、手術をキャンセル。

このまま、毎年検査を受けて経過観察することを誓い、病院を後にしたといいます。

しかし、原千晶はなかなかがんと向き合うことができず…毎年行くと約束していた検査を数年後にやめてしまい…

そして、2009年またも子宮に違和感を感じ、病院へ。

子宮頸がんが再発していることが発覚したのです。

しかも、その際は子宮体がんとリンパ節への転移が見られ、もはや命が助かるためには、子宮全摘しか道がないという状況に。

やはり自身の命が大事ですから、原千晶は子宮を全摘し、抗がん剤治療を続け、闘病生活に入ります。

そこには、想像をはるかに超える抗がん剤治療の辛さが待っていました。

髪の毛は抜け、身体全体がしびれてしまうなど、心身ともに相当なダメージを負う辛さを感じていたのだとか。

原千晶は当初自分が考えていたがんに対する認識の甘さをかなり後悔したようです…

確かに、はじめに子宮をとっていれば状況は変わったと思いますが、未来のことはわかりませんもんね。。

難しい…

原千晶は、子宮がんに二度も襲われ、我々の想像を絶するような闘病生活を送っていたようです。

原千晶が激太り?その理由とは?

さて、そんな大きな苦労を経験した原千晶。

一時はテレビ出演もほとんどない状況でしたが、それはがんの治療のためだったのですね。

現在は情報番組を中心によく見かけることが多いように思います。。

原千晶の激太り画像は?

しかし、現在の原千晶は…というと、、

めっちゃ太っている…!!!

セクシー写真集をリリースしていた頃と比較すると、原千晶はかなり太ってしまった印象が強い…

では、気になる原千晶の激太り画像をご覧頂きましょう。

こちらです!

https://www.kouenirai.com/beautrise/img/interview/029_image02.jpg

う~ん、やっぱり太っています…

原千晶ももういいお年ですから、太っていたっておかしいことではないのですが…ブレイク当時はグラマラスで美しい印象だっただけに、現在の姿を見てしまうと太ってしまったというイメージが強く残ってしまうのでしょう。

そこで気になるのが原千晶が太ってしまった理由。

じつは、これに先程紹介した原千晶が経験した大病が関係しているようなのです。

原千晶が激太りの理由はがん?

ネット上で調べてみると、子宮全摘術をすることで太るという噂がたっていました。。

しかし、これには医学的な根拠はなく、ただの噂。

原千晶が激太りしたのも子宮全摘のためと思われていましたが、本当はそうではなかったようです。

では、一体どうして太ってしまったのか…

それは、子宮がんによる子宮全摘後、しばらくは過度に動けなかったことが原因にあるのだとか。

身体の安静を求められてしまうため、どうしても身体が太りやすくなってしまうようです。

それに、原千晶の場合、リンパ節までがんが転移してました。

そりゃ安静にしますよね。

それが結果的に太ることに繋がってしまったのでしょう~

原千晶は二度もがんを克服し、生命保険会社アフラックのインタビューにまでこたえていました。

そこで彼女自身、手術で子宮を全摘出した時よりも、抗がん剤治療を受けていた時の方が、何倍も辛かったと語っていました。

もちろん、精神的な部分だけを見れば、子どもが産めなくなることへのショックは計り知れません。

しかし、その時の辛さよりも何倍も辛かったというのですから、きっと想像を絶する苦しみが原千晶を襲い続けていたことでしょう。

抗がん剤治療を受けるたびに、髪の毛は抜け落ち、全身にしびれが襲い、身体もむくみ、夜も眠れぬ日々がずっと続いていたというのです。

原千晶は、がんと向き合い壮絶な戦いの末に克服されています。

その代償として、激太りになってしまった部分は否めませんね。。

原千晶の現在は?よつば会とは?

じつは現在の原千晶は情報番組に出演するだけのただのタレントではなく!

がん経験者という貴重な記憶をもとに、がんと戦う女性を支援する素晴らしい活動を行っているのです!!

一体どんな支援内容なのでしょうか?

がんと戦う女性を支援するため『よつばの会』を設立

原千晶は2011年より、『よつばの会』という女性特有のがんにかかっている女性たちを支援するための会合の代表を務め、講演会による情報共有など様々な活動を展開されています!!!

原千晶自身、がん治療で入院していた際に、隣のベッドの人と会話することもなかったそうです。

医師などに支えてもらっていたことはあるものの、患者同士で支え合うことができず、一人孤立してしまった過去があったのだとか。

できることなら同じ境遇の患者同士で、情報や悩みを共有できる会合を開設できたら…という想いがあり、この『よつばの会』の設立に至ったそうです。

今後もタレントとしての活躍はもちろんのこと、がん患者たちの大きな支えとなる存在として、原千晶の活躍に期待したいものですね。

原千晶が講演会で語ること「折り合いをつけて生きていく」

子宮がんを2回経験し、子宮摘出・抗がん剤治療と闘病生活を経験したタレントの原千晶。

現在は、タレント活動の傍ら、積極的に講演活動を行なっています。

講演では、参加者を前に、定期的な検診と早期治療を訴えています。

また、自身が体調の異変に気づいて病院を受診するまで、そして絶望と葛藤、手術を決意するまでの過程についても詳細に語っています。

その中で原が繰り返し語っていることは、「がんと折り合いをつけて生きていく」ということ。

折り合いをつけていくとは、「がんから背を向けることなく受け入れよう。その上でどう生きていくかを前を向かいて考えよう」という主旨です。

ここで原千晶の講演動画をご覧頂きましょう。

とってもためになる内容になっています!

どうぞ!

動画内でも語られていたように、「再発してしまうかもしれない」という恐怖から逃げるために、“大丈夫”と自分に言い聞かせ 術後の定期検診から足が遠のいたことがあるのですね…

自分の体の異変に気付いても病院へ行くのはためらう、ということは誰しも経験があるのではないでしょうか。

ですが、何より優先すべきは早期発見です。

検診の大切さについて自分の経験を包み隠さず話すことで、講演に参加している人の心を動かしています。

その成果として、「がんについて考えるきっかけになってほしい」と検診受診の重要性を繰り返し伝えることで

ある自治体では未受診者にこのパンフレットを個別発送したところ、前年比約10%受診者が増えました。

引用元:オレンジクローバー

という報告も上がっています。

本当、検診って大切ですね!

原千晶のがんは完全に克服した?

原千晶は現在、二度も彼女を襲ったがんを克服。

つまりがんを完治させました!

がんを完治させ、人のため奔走している原千晶。

その姿には見習うべき点がたくさんあるように感じられます。

原千晶の夫は?

ここで原千晶の夫についてもちょこっとご紹介しておきますw

『ひるおび』に出演した際、2010年10月10日に結婚していたことを報告した原千晶。

夫となった1歳年上の男性は、辛い闘病生活を側で支え、原千晶に子供ができないことを知った上で、プロポーズしてくれたといいます。

そんな2人の馴れ初めは2007年に放送されたの昼ドラ『母親失格』の仕事で出会い交際に至ったそう。

ちなみに原千晶の夫となった男性の職業はプロデューサー。

ウィキペディアで『母親失格』のプロデューサーを調べると、市野直親、大久保直実、大超大士と書かれていることからこの3人のうちの誰か1人が原千晶の夫となった男性だと推測できます。

その男性はワイルドな風貌で俳優の浅野忠信に似ているのだとか。

大変なときに支えてくれた旦那さんは本当に力強い存在でしょうね~

まとめ

今回は原千晶ががんに罹ってしまった背景や、太ったことのがんとの関係、現在の活動をまとめてご紹介しました。

昔は水着を着てモデルとして活躍した原千晶。

世の男性の憧れの的であった彼女を、子宮頸がんや子宮体がんが突然襲いました。

原千晶は子宮全摘出手術をし、さらに抗がん剤治療による副作用との壮絶な戦いを続けてきました。

その結果、身体のしびれやむくみなど様々な副作用に苦しめられ、結果としてがんを克服したものの、治療後に身体を休ませるため安静にしていたことで以前よりも太ってしまったそうです。

辛い闘病生活を乗り越えた原千晶は、同じがんで苦しむ女性患者たちの支えとなるため『よつばの会』という会合を設立。

現在は、講演活動などもされています!!

原千晶には、この活動を通じて彼女の目的でもある一人でも多くのがん患者たちの支えになってあげてほしいですね。

これからの原千晶の活躍にも期待したいと思います。

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