椎名誠と息子・渡辺岳の現在は?著書・岳物語の内容をチェック!

小説

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老いて益々盛んという言葉がありますが、椎名誠さんはその言葉を身を以て現していますね。

1944年6月14日の生まれですから、当年とって73歳になります。

長寿が当たり前の現代でも、十分長命と言えましょう。

しかし椎名誠さんは、今でも次々と、新作・力作を発表し続けています。

とはいえ、一般的に知られていて評価も高いのは、『岳物語』をはじめとする初期の作品が多いのです。

『岳物語』は、彼の息子さんを主人公にした物語。

フィクションとノンフィクションの狭間にある作品です。

そこで今回は、椎名誠さんと『岳物語』の主人公である、息子の渡辺岳さんにスポットをあて、その現在と『岳物語』を詳しく見ていきましょう。

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椎名誠の現在

椎名誠さんの現在は、矍鑠(かくしゃく)という言葉を使うのも失礼なくらい、奔放豪快に毎日を送っているようですね。

なにしろ、毎日の酒量が

ビール大瓶2本+ワイン若干+焼酎数杯

だそうですから、普通の人の3日分くらいの酒量を毎日です。

それでも自分では、

「年相応に酒量も減ってきているんだよね。」

とのことですから、減る前の酒量は、それは凄いものだったでしょう。

居酒屋では、ゴクゴクガブガブと豪快にビールを飲み干し、

ああ、うまいなー!人生は夕方から楽しくなるっていうけど、僕の楽しみはこれですよこれ。

一日の最初の1杯、たまらないねえ!

と、のたまうのです。

その姿は、ショートパンツにTシャツ、草履ばきという、いかにもシーナ的出で立ちなのです。

月数十本の締め切りを抱える売れっ子とは、とても思えない姿です。

この状態からは想像もできませんが、椎名誠さんはかなり前から不眠症で悩んでいたそうです。

それも昨日や今日ではなく、30代からその不眠は始まっていたのです。

それを告白したのが、『ぼくは眠れない』という新潮新書(2014)です。

豪快・闊達という椎名誠さんのイメージからは、まるで裏腹の内容でした。

不眠のそもそもの始まりは、専業作家になるか迷っていた36歳ごろからです。

作家になってからも、不規則な生活や女性との問題など、ストレスが溜まってゆき、不眠やうつとなっていったようですね。

目一杯まで酒を飲む、好きな落語を聞いて寝るなど、色々と試したが結局解決には至らず…。

椎名誠さんの言。

たどり着いたのは、もう自分には安らかな自然な眠りは戻ってこない、ということだった。

睡眠薬を適度に使いつつ、眠れない自分を受け入れ、そして心が楽になる道を探す、これしかないんだね。

寝られそうな時には、椅子の上でもなんでも数分でも寝る。

そうやって日々をやりくりしていけばいいや、と考えるようになってから、ずいぶんと心は軽くなった。不眠は今も頑固だけどね。

筆者も不眠の経験がありますが、これは辛いものです。

対策を色々と試しても全て無駄でした。

結局辿りついたのは、椎名誠さんと同じく『諦め』です。

この不眠は、生理学的な睡眠不足というより、やはり心の問題なのでしょう。

筆者の場合、不眠を解決してくれたのは、『時間』でした。

それも数十年という長い時間が、心も癒してくれたのだと思います。

椎名誠さんは売れっ子作家ですが、それなのに、いやそれゆえに、批判や反発の声も高いのです。

離婚の噂もありました。

これはどうやらガセだったようですが、家庭内別居という話もあります。

その他にも、

  • 奥さんに暴力を振るった。
  • 女性ファンに手を出した。
  • 自分の映画を酷評したテレビ局に圧力をかけ、 番組を潰した。
  • その発言をした女子アナを退職に追い込んだ。
  • エッセイを読むと、いつも自分は完璧で正しく、問題が生じるのは誰か他に非があるからと、そういう考え方が根底に流れている

など、様々な噂があります。

この内、どれが真実でどれが嘘なのかは、容易には判断できません。

 

以下は、ごく簡単な椎名誠さんのプロフィールです。

椎名誠さんのプロフィール

名前 渡辺誠(わたなべ まこと)

ペンネーム 椎名誠

愛称 シーナ

生年月日 1944年6月14日

出身地 東京都世田谷区三軒茶屋

職業 作家

代表作 『わしらは怪しい探険隊』『岳物語』『アド・バード』『武装島田倉庫』『みるなの木』その他

授賞歴 吉川英治文学新人賞(1989年) 日本SF大賞(1990年)その他

なお、本名の『渡辺』は奥さんの姓です。

結婚前は『椎名』姓でしたが、結婚時に『渡辺』となりました。

これは『入り婿』という形なのでしょう。

 

椎名誠の息子・渡辺岳の現在

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