
まず両者のメロディーラインに関してですが、大まかな傾向としては似ているものの、パクリを主張するほど似ているとは思えません。
例えるならば、桐谷健太さんが紅白出場した際に歌った「海の声」とTHE BOOMの「島唄」が似ていると言っていることに近いです。
たしかに海の声を手がけたのは沖縄出身の音楽バンドBEGINで、島唄のルーツは沖縄民謡と、いずれも沖縄に縁が深い楽曲です。
なのでメロディーラインが似通っていると言われてもそれは仕方のない話ですよね。
とはいえ、この曲が沖縄民謡をパクっていたかというと全く別の話。
影響を受けたりリスペクトしていたりすることはあってもパクることは絶対にありませんし、島唄はともかく海の声は全く別の楽曲です。
島唄に関してもカヴァーに近いので、パクリと訴えられることはまだありません。
さて、話をもとに戻しますが、レットイットゴーもハイメ・シエロさんが2008年にリリースしたVolarも大きな系統としては似ている楽曲です。
しかし、それはかなりぼやかして聴いた場合の話で、本当に大きなくくりとして似ているとしか言いようがありません。
先程も少し触れましたが、レットイットゴーはイントロから暗い悲しみをまとったイメージの強い楽曲であり、一方、Volarはかなり陽気な楽曲です。
なんとなくコード進行が似ているような印象は受けますが、明らかに明暗はっきり食い違っています。
しかも、どちらかというと、ゆったりしているテンポで歌うレットイットゴーに対して、Volarはテンポがやや早く感じます。
とはいっても極端に速くてついていけないというレベルではありません。
では、テレビアニメ「鋼の錬金術師」の主題歌「READY STEADY GO(L’Arc〜en〜Ciel)」例に挙げ比較してみましょう。
二つを比較してみると、明らかに、「READY STEADY GO」の方がテンポの早さは数段上であることは伺えます。
とはいえ、「READY STEADY GO」同様、VolarはAメロから語り口調で始まるため、少し似通った部分を感じます。
もちろん「READY STEADY GO」を比較対象として事例に挙げたのもわけがあり、語り口調でテンポが早い楽曲であることがその理由の一つ。
そして、筆者の印象の中で、リズム・テンポは違うものの、語り口調の部分が似ていると感じたからこそ、あえて違いを出すために、事例にあげたわけです。
まぁその理由はおいといて、いずれにしても、第三の楽曲とVolarを比較することで、レットイットゴーとの違いも明確になりました。
両者は明らかにリズム・テンポが違います。
そこがレットイットゴーとVolarの決定的な違いなのです。
そして、もう一つサビの部分に関しても決定的な違いが生じています。
実は、この二つの楽曲を聴いて筆者が感じたことですが、両者の演奏法は明らかに違うように思われます。
レットイットゴーのサビの部分は悲しみの部分をより明確に表現するために、少しベース音を目立たせてします。
これは筆者自身が何度も二つの曲を聴き比べた上で感じた話ですが、どう聴いても、明らかにレットイットゴーの方はベース音がしっかり聴こえます。
「ターン・タ・タ」というようなリズムを刻みながら、ドラムとともに主張しあい、悲しみをより強調している…
これがレットイットゴーのサビの部分の演奏法なのだと筆者は感じました。
一方、Volarに関しては、ほぼベース音はかき消されているような印象を受けます。
おそらく、この楽曲が明るい曲調の楽曲なのだと思います。
そして明るい曲調であるがゆえに、どうしても低音が目立つベースを引き立たせるような演奏はできないために他の音でかき消している…
筆者にはそのようにしか感じ取れません。
つまり、イントロからメロディ・サビに渡り、全体的にぼやけたところで似通っていながらも、明らかに両者の楽曲は異なるというのが筆者の結論です。
そして、これだけ明確に違う部分があるだけに、パクリであるはずがないと筆者は考えています。
これはデザイン画などにも言えることですが、もし、他者の著作物をパクるなら、少しだけのアレンジで世間に発表するのが一般的です。
というのもパクる行動そのものがそもそも犯罪ですし、罪を犯してまでパクるのに、その著作物の大半をアレンジするのは割に合いません。
労力を少なくして自分の作品として手に入れられるメリットがあるからこそ人はパクろうと考えるのです。
つまり、たまたま一部がなんとなく似ている程度ではパクリとは、認められませんし、そんな低次元のパクリなんてとても考えられないのです。
さらに言わせてもらえば、このタイミングでの訴訟というのも本当に疑問が残ります。
これが、たまたまアメリカでブレイクした楽曲というのであれば、まだ話は分かりますが、レットイットゴーは、世界中でカヴァーされている超有名楽曲です。
間違ってもよほどエンタメと関わりを持たない(例えばテレビを全く観ないなど…)人でない限り、まず一度くらいは聴いているはず。
それも相手は、チリ人のアーティスト。
芸能関係者である以上、レットイットゴーを知らないというのはあまりにも不自然です。
だったら、なぜ2013年のアメリカでの映画公開時(もしくは2014年に話題となった時期)に訴訟に踏み切らなかったのでしょうか?
あくまで、これは筆者のうがった物の見方でしかありませんが、おそらくハイメ・シエロさんは、炎上商法を狙っていたのではないでしょうか?
つまり、訴訟に負けたとしても構わないし、別に自分の正当性を訴えるために訴訟を起こしたわけではないのだということ…
もっと言えば訴訟の結果なんでどうでもよく、訴訟を起こしたことで、知名度を上げたかったと考えればこの一連の事象のつじつまが合います。
どう考えても許容範囲としか考えられないのに、パクリと訴訟を引き起こしてしまったこと。
しかも、そのタイミングが大ヒットから3年近く経過した今であるということ。
全ての謎の真相が炎上商法なら、筆者も納得がいきます。
もちろんこれは筆者の推測でしかありませんし、本当に彼が著作権違反と感じ訴訟を起こしているのかもしれません。
ただ、いずれにしてもレットイットゴーはパクリではないというのが、筆者の見解です。